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♪上を向いて歩こう  1969年(昭和44年)
   作詞:永六輔 作曲:中村八大 編曲:森岡賢一郎
   演奏:アポロン・グランド・ポップス・オーケストラ
  

一般知名度 私的愛好度 音楽的評価 音響的美感
★★ ★★ ★★★★

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1985年8月12日18時56分。皆に愛された坂本九さんが永眠されました。
群馬県御巣鷹の尾根の日航機墜落事故は多くの人命が失われた悲惨な事故でした。
この歌が20世紀最後の紅白のフィナーレで歌われたこともありましたね。
 ♪幸せは雲の上に 幸せは空の上に...
悲しい時、辛い時、夜空を見上げて耳をすませば、中村八大さんのピアノ伴奏で
歌う九ちゃんの声がきっと天国から聴こえてくるでしょう。

手元には九ちゃんのシングルEPレコードと坂本九/トリビュートアルバムという
カバーCDがありますが、このCDの記載では世界中で1500万枚以上売れたと
いうことです。カバーものも入れてかも知れませんが、凄いものです。
上記CDでは上を向いて歩こうを二人の方がカバーされてますが、同じように歌うの
ではなくて、全く違うイメージで凝りに凝って歌い上げています。

時代背景も違うのでしょうが、ピーナッツの歌は無為無策とも感じられるように
ただただ普通に当たり前にオリジナルに沿って歌っています。そのせいなのか、
今こうして聴いていると、どこか鎮魂歌のような感じを受けるのは錯覚でしょうか?
編曲者の表記がないのですが、勝手に宮川先生だと信じて話を進めます。(笑)
その推測をした根拠は「あまりにもオリジナルと同じだから」です。
既に編曲者としての地位がなければ、こういうことは逆に出来ないのではないか。
また、宮川泰さんは中村八大さんを非常に尊敬されておられるのです。
だから、その持ち味を変えたり、殺したりしたくはなかったのだと推察します。

デッド・コピーというイヤな言葉がありますね。「死に写し」なんて、やだね。
ピーナッツ・コピーという言葉を提起したいです。→「生き写し」(座布団下さい)
オリジナルと一緒とはいいながらも細かいところは色々とサービスが入っています。
それは演奏を厚くしているという程度であり、イメージが変わる程ではありません。
また、間奏は口笛ではなくて、生ギターですし、エンディングの口笛もピーナッツが
ラララランランララ...とハミングで歌っております。

中村八大作曲のピーナッツのシングルレコードでは「私と私」も「幸福のシッポ」も
ラララ...ですから、これはお約束のようなものか?(マニアックな発想だなあ)
ピーナッツも徹頭徹尾ユニゾンで歌っていて、こしゃくなテクニックなしで清々しい。
これでは何の変哲もない、価値のないカバーと評価されても仕方がないかもしれない。
だけど、これでいいのだ。これがいいのだ。これでなくてはいけないのです。
九ちゃんより上手く歌う必要もないし、別の味を出す必要もないのです。

会社は違うけど、お茶の間のテレビの前のお客を楽しませる役割としての戦友だった。
九ちゃんが嫌いだという人は少なく、ピーナッツが気に喰わぬという人も稀なのです。
この二組がどれほど日本人に楽しい記憶を残したかはかり知れないと感じています。
一緒に写っている写真なんか見るとお互いに楽しそうですね。写真は正直ですよ。
ライバルじゃなくて仲良く頑張った仲間の歌なんですね。

そもそも「上を向いて歩こう」はこういう歌なんです。この編曲以外は聴きたくない。
もう一つ言えば、ピーナッツのはステレオ盤なので、そういう楽しみもありますね。
私はザ・ピーナッツが東芝やビクターの専属にならなかったのはラッキーだと思う。
キングレコードが早々にまるでピーナッツがデビューしたから慌てたように急いで
ステレオ録音に踏み切って、おかげで、殆どがステレオ録音で残されている。
あの時代の歌手にしては(私達にとって)こんな良かったことはない。嬉しいな。
キングレコードさん。CDが売れない時代らしいけれど、がんばって!!!

             2002/10/15投稿

編曲者が森岡賢一郎さんと判明しましたのでデータ表示を訂正しました。
(2005年8月20日:加筆)


「芸能ビジネスを創った男(渡辺プロとその時代)」という本が新調社から出版
されました。(ナベプロ50周年記念の一環と思われる)
その中で、海外進出の項がありまして、ザ・ピーナッツがダニー・ケイ・ショーに
3週間連続して出演した時の様子が書いてありました。

スキヤキ・ソング

 最終回の収録となった。ザ・ピーナッツはそれまでドレスを着て、英語の歌ばかりをうたっ
ていたのだが、出演最後の曲は美佐とザ・ピーナッツが日本語の歌を選んでいいことになった。
ふたりにはヒット曲がいくつもある。だが、そのままうたったのでは、アメリカの視聴者には
通じないし、なじみがない。結局、選んだのは坂本九の「上を向いて歩こう」(「スキヤキ・
ソング」)だった。
 ダニー・ケイも「いい選曲だ。『スキヤキ・ソング』だったら、日本語の歌詞でもわかる」
と褒めてくれた。
 ザ・ピーナッツは日本から持っていった振袖を着て、「上を向いて歩こう」をうたった。
それはふたりの曲ではない。だが、その時はど、誇らしい気持ちで、日本の歌をうたったこと
はなかった。
「ありがとう九ちゃん、と感謝しながらうたいました。うたいながら涙が出てきたのだけれど
それは感激したからじやない。九ちゃんがうらやましかった。アメリカ人も知っている曲を持
っている九ちゃんは幸せだなと思った。そして次にアメリカでうたう時は私たちも自分のヒッ
ト曲がなければ駄目だと思った。歌手はヒットがあって、初めて評価されるのだから」(日出
代)
 姉の日出代は16年間の現役時代、もっとも感慨を持ったのは「ダニー・ケイ・ショー」で
「上を向いて歩こう」をうたった時だという。
 晋の夢は海外、とくにアメリカヘ歌を持っていくことだった。だが、ザ・ピーナッツのテレ
ビ出演後、「海外への進出とは何か」をあらためて考えるようになる。

「歌伝説/ザ・ピーナッツの世界」の一場面で「上を向いて歩こう」が背景として
出て来ましたが、上記のような「縁」もあったのか、と感慨深い気持になりました。
ザ・ピーナッツさんはほんとうに正直な方なんだなと思います。
なかなか率直に「うらやましかった」なんて言えませんよね。
アメリカでは辛いこともいろいろあったようですが、頑張って歌って来たのですね。

この録音をした時も、きっと、あの時のことを思い出しながら歌ったのでしょうね。
だから、とっても素直に、唱歌を歌うかのように私には聴こえます。
そんな背景を思い浮かべると、こっちまでジーンときちゃいます。

(2006年8月31日:追記)



やまださんになりかわり <はつよ さんよりレス>- 2002/10/15


すばらしい。はい。おざぶ。  ≡(3枚しかなかった)



およびでない? <なお さんよりレス> 2002/10/16


そういえば「危険なふたり」も「許されない愛」も
あの編曲以外は聴きたくない。否あの編曲以外はありえない!
あれ? 掲示板まちがえたかな(^^ゞ
こりゃまた失礼イタシマシタっと



寄ってらっしゃい <インファントの的屋犬 2002/10/16


「許されない愛」も、編曲=ピーナッツ・コピー(笑)でカバーしてるんです。
ちょっとテンポが早いのと、トランペット・パートがやや違っています。
あの突き抜けるような音のところを避けたみたいな気がするのですが。(笑)
これはあまり成功とは言い難いですが、色んな意味で、面白いというとこかな?

このカバーアルバムの中では「さすらいのギター」が、めちゃ好き。
何がそんなにいいのか、わかんないけど、涙が出ちゃいます。なんでだろう?
あ、そうだ!
ウシオさんが紹介してくれた「アナザー・サイド・ピーナッツ!」KICS-545 の
中に、036先生のアレンジ曲3つ入ってますよ。
 ●知らなかった ●ブーベの恋人 ●ブルーレディーに紅バラを
ブルーレディーなんか、すごいよ....どうだい、そこの粋なねえちゃん、やすいよ、
持ってけ泥棒のディスカウント、583円。御破算で願いましてはってなもんだよ。



あらっ なお さんより追加レス> 2002/10/17


おっかさん、こんなところにいたの!
かわいそうに、おとっつぁんは、おっかさんが死んだものとばかり
思いこんでいるのよ
さあ早く帰っておかゆをつくりましょ。
おにいさん500円にまからない?
あー、今日は急ぐからまたこんだにするわね。