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ディス・ガール  1970.07
 THIS GIRL'S IN LOVE WITH YOU
  作詞・作曲:H.David-B.Bacharach 編曲:クニ・河内
  演奏:オールスターズ・レオン (コーラス)フォー・メイツ
  LP:1970.03.19 キングレコード音羽スタジオ

   

一般知名度 私的愛好度 音楽的評価 音響的美感
★★★★* ★★★★★ ★★★★★

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ジス・ガール  1972年頃(推定)
  編曲:宮川 泰
  演奏:ブルー・キャビネット・オーケストラ

  

一般知名度 私的愛好度 音楽的評価 音響的美感
★★★★ ★★★★★ ★★★★*

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宮川泰さんはザ・ピーナッツの歌のアレンジには第一人者としてのプライドの
ような強いこだわりを持っていたように(私は)感じます。
まるでそれは「僕の玩具だぞ」と、他の子には貸してあげたくないような...
そんな微笑ましい独占欲みたいな子供っぽさのような感覚まで(私は)持ってます。
実際にはそんなことはないのかも知れませんが、私はそう感じてならないのです。
夥しいザ・ピーナッツのアレンジには必ずしも傑作ではないものもあるのでしょうが、
心血を注いだといってもオーバーではないほどに持てる最高のものを提供しています。

宮川先生というと「宇宙戦艦ヤマト」の音楽などを真っ先に思い浮かべる方も多く、
そこから入って、そういうものしか聴かない人もいますが、私はザ・ピーナッツでの
お仕事を優先的に聴いてみて頂きたいものだと思います。
アニメのBGMから聴いて頂くこと自体は、それも先生のお仕事なので良いのですが、
ものには順序というものがあり、先生の音楽にも歴史があります。
ザ・ピーナッツのデビュー曲から順に聴く事で才能が開花する様子が良く判ります。
パターンが固定して留まるものではなく、進化していったのです。

「ウナ・セラ・ディ東京」では、当初「東京たそがれ」として作曲と編曲をされ、
それを翌年、東海林修さんが再アレンジして大ヒット曲に化けました。
これは先に書いた私の想像では、なんとも悔しい出来事であったと思うのです。
それで、1967年のLPにヒット曲を入れる際に、自分の新アレンジを投入した。
しかし、これでも東海林修編曲のあの格調高い極め付きの仕事を超えられなかった。
それは音楽家なんだから我々以上に直ぐに気付いてしまう筈なのです。
またまた一念発起して、翌年のLPで練りに練った新アレンジを再々投入しました。

録音というものは歌手や演奏者だけでなく多くの人材がかかわるものだと思うので、
そんなにそれをする必要があるかどうかというバランスをプロデューサーはお金の
面で考える筈です。もういい加減にしたら、と思うのが常識。
でもこれを押し切って、この録音も実現させてしまっています。
この執拗さは何なのでしょう。私の説に近いものがあるとは感じませんか?
そんなこんなで最後の「ウナ・セラ・ディ東京」はゴージャスな仕上がりになった。
どうも宮川先生のアレンジは皆が主役だよ〜みたいなところがあって、対位法的な
(コントラプンクト=この名のフォノ・カートリッジが老舗オルトフォンにある)
旋律さえも主役と対等に鳴り響き、音楽博覧会の様相を呈します。(笑)

「ローマの雨」は、作曲はすぎやまこういちさんですが、ピーナッツの編曲としては
異例中の異例で、服部克久さんが担当しています。
トロンボーンのンタカタカタカタ ンタカタカタカタッターというイントロの所や
電気ベースの印象的な刻み、果てはバス・ドラムのドンドン!
このカッコ良さにまた宮川先生はジェラシーを感じたのか(笑)1968年のLPで
自分でアレンジして録音し直しています。ほんとによくやるよ。
これは本質的な所を変えては「ローマの雨」自体にはならないような名編曲なので、
ちょっと弦を書き加えているだけです。この録音は殆ど意味がないように思います。
不思議なことに一枚もののアルバムにはこちらが入っていたりします。
http://homepage.mac.com/infant/home/KICX2731.html
このCDの歌詞カードには編曲=服部克久となっていますが入っているバージョンは
宮川版です。基本編曲=服部克久 味付け=宮川泰だから、これでもいいのかな?

また、「アンド・アイ・ラヴ・ヒム」では、クニ・河内さんの斬新なアレンジに、
触発されたかのように、これも後年に再び新編曲で対抗(?)しています。
このCDの「ジス・ガール」の録音もそうなのです。
最初のベースの刻みで始まるところなどは、あれっ似たようなことをするのかしら?
と戸惑うのでしたが、曲が進むにつれ、全然そうじゃないことがわかります。

さて、前置きみたいのが長くなりましたが、それぞれのバージョンについての感想を
書いてみたいと思います。

サブタイトルの<ピーナッツの新しい世界>そのままのイメージで歌われているのが
クニ・河内さん編曲の「ディス・ガール」(LPの曲名のままにこだわりました)。
これは凄い出来です。インファントの知能指数の遥か上を行ってまして表現不能です。
どういう頭脳を持っていたらこういう譜面が書けるのでしょうか?
もし、私に音楽的素養があって、五線譜に自由に書く事が出来たとしても、こんな
斬新な宇宙的感覚の音楽は生み出せないでしょう。ただただ尊敬あるのみ。

ワイヤーブラシを使ったドラミングがお見事なのが真っ先に聞き取れます。
こういう風に使うのか。こんな風に演奏出来るものなのか。ほんとにびっくりです。
ベースの奏でる音のラインがこれまた見事です。もう嬉しくなってきちゃいます。
またまたピーナッツの声が片寄せになってまして、右チャンネルだけで歌います。
楽器の配置も面白く工夫されていて、すべての音色がクリアでそれでいて優しい。
浮遊感覚が面白く録音芸術というのはこういう盤のことを指すのだろういう感じ。
ザ・ピーナッツが流行歌手というだけではなく一流のスタジオ・ミュージシャンでも
あることがまざまざと判る曲でもあります。

レコードには、バックコーラス(といってもピーナッツと対峙するような対等さ)は
フォー・メイツとだけ記載されています。(CDにはその記載すら洩れていますが)
ところが実際には女性ボーカリストが参加しており、この方がもの凄く上手いのです。
この曲、この盤に限らず、総じてザ・ピーナッツの録音は演奏が素晴らしく良い。
更に付け加えれば、キング・レコード全般に演奏の質が高いなと私は感じます。
他社は演歌、歌謡曲路線には立派なオーケストラを付けますが、ポップス系などには
ど〜でもいいから適当にという感じがあったのではないかと感じます。
しかし、当時の技術や一般の人のステレオ電蓄ではその方が好結果の場合もあって、
不満はなかったし、AMラジオ放送などでは逆に良かったのかも知れません。
ウソかマコトか皆さんでレコード会社別に聴き比べてみたら面白いと思います。

この曲などは、実に腕達者なミュージシャンが集まっているなと感じられるような
楽器の演奏テクニックを満喫してもらおうという意図がかなり感じられます。
ピーナッツはメインボーカルではありますが、楽器のひとつを、一部のパートを
与えられている楽員でもある。単なる人気歌手の歌を聴かせる録音とは無縁の世界が
新たに生まれたという感覚を強く持ちます。
これは目的意識を持ってスタッフと演奏者全員が相当の意欲を持たなければ無理で
プロジェクト・チームのような感覚で挑んだ意欲作だと感じます。
当時も今もこれは隠れた銘盤だという気がしてなりません。あるだけでいいのです。

さて、2004年6月になって初めてCD化された別バージョンの方を聴きましょう。
こちらは馴染み深い宮川先生の編曲です。その作風もまた馴染み深い感覚です。
ベースのリードから始まるところなどは、幾分、新しいモダンな感じはあるのですが、
弦も管も加わったゴージャスなオーケストラ・ジャズという本道を行っています。
これはかなり大きな編成のオケを起用しています。
ザ・ピーナッツのバックをやらすのだからちゃちなものじゃ嫌だといった宮川先生の
意地のようなものが感じられます。このコストは取り返せるものなのでしょうか?

このようなビック・バンドとストリングスの組み合わせの録音は大変なのだそうです。
クラシックのオケを見て頂けるとわかりますが、管楽器群に比べて弦楽器は沢山の
人数が配置されています。あれでやっと管と弦のバランスがとれるのです。
20名近いブラスの編成に合わすためには倍以上の弦楽器奏者が必要なのです。
でも、いくらピーナッツの録音だといっても、臨時にそんなには集められません。
だから管と弦の音量の収録バランスが難しいのです。
もっともそれが出来なきゃ録音技師とは言えない時代なのでノウハウは色々とあって
我々がバランス良く厚みのある響きを満喫出来るのだろうと思います。
(現在はマルチトラック録音を駆使しますから録音時には苦労はないようです)

こちらは野球でいうと豪速球のストレート。真っ向勝負。打つなら打ってみろです。
前者は伝家の宝刀フォークボール。球が消える魔球です。分ってても打てないです。
さあ、この二つを手に入れたのだから、怖いものなし。そんな感じです。
こういう録音が両方ともに復刻されるのだからピーナッツ・ファンは果報者です。
しかし、どういう人達が買うのだろう。これがいつも不思議でなりません。
パソコンでインターネットなどをやる世代が中心なのではないかも知れません。
だって、ちっともこの世界では盛り上がってこない。でもCDはちゃんと出るのだ。
隠れた多くの仲間の存在に感謝したいとつくづく思いました。

(2004.06.13記)