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♪幸せを呼ぼう 1964.12.20公開
東宝映画「三大怪獣地球最大の決戦」挿入歌
作詞:岩谷時子 作曲・編曲:宮川 泰
一般知名度 | 私的愛好度 | 音楽的評価 | 音響的美感 |
★★★★ | ★★★★ | ★★★★ | ★★ |
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一般知名度の項目に私は『4』と採点したのだが、世間の人がそんなに知ってるのか?
と突っ込まれると多少狼狽える面もあります。しかし、あの映画の中で唄ってたでしょ
と言えば、ああ、あの歌のことなのか! と思い出してくれる。そんな歌です。
この映画では、あの怪獣界の大スターである「キング・ギドラ」がデビューしました。
ということは、ザ・ピーナッツの出演した映画で、後年の怪獣スターの大物は全てが
出揃ってしまっていたということになります。後は、まあ小粒な小物怪獣ばかりです。
ザ・ピーナッツ演じる小美人が初めて登場した『大怪獣モスラ』は昭和36年の制作。
東宝特撮映画の系譜を調べれば判ることですが、昭和34年と35年は怪獣映画作品
の制作は無く、コジラ、アンギラス、ラドン、バランと続いた怪獣ものは行き詰まり
の感があった。
そこに全く視点を変えたファンタジックで悪玉でない怪獣=モスラが登場して一気に
怪獣作品が復活し、人気が再び盛り上がったと同時にファミリー感覚路線が展開され、
以後の特撮映画の作風として定着し、現在に至っている。
ザ・ピーナッツは単に「モスラ」に出演した、という実績だけではない、ものすごく
大きな影響を映画界に与えているのだと思う。これは映画界だけではなく、気付かぬ
かも知れないけれど、潜在的にあちこちにその種子が播かれ育っているのである。
特撮映画というものは今ではCGでトリック映像が手軽に(それでも大変でしょうが)
作れる環境にありますが、当時はミニチュアを作る手間・時間が膨大にかかるために
一年でせいぜいが一作が限度。
それなのに、この昭和39年は黄金週間向けに「モスラ対ゴジラ」を封切ったばかり
なのに、お正月休み狙いで年末公開に向け「三大怪獣地球最大の決戦」を製作して
いるのです。こんな無茶な段取りになったのは、黒沢明作品の「赤ひげ」の制作が
遅れに遅れてお正月に間に合いそうもなく、急遽、人気映画での代用となったもの。
驚異的ではないかと感じるのは、この年のザ・ピーナッツの活躍ぶりです。
このザ・ピーナッツの歩みの昭和39年を参照して下さい。
↓
profile.html
こんな忙しさは想像を絶します。
所謂ピンク・レディーやキャンディーズの絶頂期のあの忙しさとは質が違います。
スケジュールが一杯で体がもたないというだけじゃないんです。
同じ事をどこへ出ても繰りかえしていれば良いという単純肉体労働じゃないんだ。
これは才能面での多忙さです。精神的な負担はものすごかったのではないか?
恐らく東宝から出演を依頼された時、渡邊晋社長は無理だと一旦は断わったのでは
と思います。だって、シャボン玉ホリデーもザ・ヒット・パレードもビデオ収録で
休まずに、海外へ出て主演作品を一ヶ月かけて作って、と、これではたまらない。
しかし、小美人はザ・ピーナッツじゃなきゃ絵にも話にもならないのです。
ちなみに翌年、ザ・ピーナッツの代役でペア・バンビを起用しましたが、違和感は
拭えず(結構可愛いお二人だったのですが)、以後、モスラ作品は長い中断となり、
年号が平成になるまで、登場しなくなります。
この多忙さゆえなのでしょうか、ザ・ピーナッツはめっきり痩身になりました。
この写真は同じ年の「モスラ対ゴジラ」撮影時。
下の写真は「三大怪獣地球最大の決戦」撮影時。別人のようにほっそりとしている。
綺麗になって、ちょっぴり女っぽくなったというイメージがあって、小美人の
キャラクターが変わってしまったな〜と感じました。
ザ・ピーナッツは元々ベビーフェイスなので、実際の年齢よりも3〜4歳くらいは
若く(場合によっては幼く)見えます。23歳当時ですが、二十歳くらいにしか
見えないかも知れません。それでももう大人になったなあという感じですね。
わずか半年ちょっとなのに、この映画ではもう小美人が似合わない雰囲気でした。
さて、この作品では小美人は意外な展開で登場します。
テレビ番組の「あの方はどうしているのでしょう」なんていう変な番組です。
スクリーン・コミックスの吹き出しのセリフでは、上のように言ってますが、
実際の映画では「一つ死んじゃったの」なんて言っているんです。
これはないですよね。モスラは守護神でしょ。「ひとつふたつ」なんてね〜。
子供を相手にしゃべるところなので、悲しむといけないと思って、さりげなく
さらっと言ったのかな〜とか深読みも出来ますが、それでも違和感があります。
どうもこの作品では小美人の脚本上のセリフが変です。一言で言って「雑」。
こうして「幸せを呼ぼう」が唄われます。
小美人のアイシャドーが凄くて、それが大スクリーンにアップで映るので、
これも何か興醒めだな〜と感じたのを覚えています。
この歌は、映画の後半でもう一度唄われます。
この映画では小美人がザ・ピーナッツになってしまったな〜と感じました。
この感覚はあまり気に入りませんでした。だから、一度しか観に行かなかった。
ザ・ピーナッツといえば、岩谷時子作詞、宮川泰作曲というのは不自然じゃない。
けど、小美人には不自然だ。私はそう感じた。これは別世界であるべきなのだと。
更に同時上映が植木等さんの「花のお江戸の無責任」ですから、もうこれでは、
シャボン玉ホリデーの世界がこっちにも引っ越してしまったような感覚でした。
渡辺プロと東宝はこの時期、すごく密接なコンビネーションを組んでたようです。
でも...複雑な思いなのですが、もうモスラ映画は止めた方がいいんじゃないかな、
なんて感じたのを覚えています。
ザ・ピーナッツが歳をとることが私にはとても辛い感じがしました。
いつまでもインファント島のフェアリーズで、そっとしておいてあげたい..とか。
この歌は各種のオムニバス・アルバムのCDに入っていますが、圧巻なのは、やはり、
「50周年アニバーサリー:ゴジラ・サウンドトラック・パーフェクトコレクション」
このG−005のCDには、なんと、7つのバージョンの「幸せを呼ぼう」を収録。
ふつう、ここまで凝る必要など何にもない...はず...なのですが....(笑)。
寅さんと小美人は他の役者じゃダメなんじゃないか、これは日本映画における
最高のハマり役だったんじゃないかと思います。
2005.3.6記