■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■

シェルブールの雨傘  1968.12
 LES PARAPLUIES DE CHERBOURG
   作曲:M.Legrand 作詞:記載なし 編曲:中村五郎
   演奏:オールスターズ・レオン
   録音:1968.09.06 キングレコード音羽スタジオ

   

一般知名度 私的愛好度 音楽的評価 音響的美感
★★★★★ ★★★★★ ★★★★★

■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■

シェルブールの雨傘  1971.10
 LES PARAPLUIES DE CHERBOURG
   作曲:Michel LeGrand 作詞:あらかはひろし 編曲:宮川 泰
   演奏:宮川泰とルーパス・グランド・オーケストラ
   録音:1971.06.19 キングレコード音羽スタジオ

  

一般知名度 私的愛好度 音楽的評価 音響的美感
★★★★★ ★★★★★ ★★★★★

■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■

監督:ジャック・ドゥミ、出演:カトリーヌ・ドヌーヴでカンヌ映画祭グランプリ
を受賞した、全編オペラ風仕立てフランス映画の大変有名なメインテーマ曲です。
私は観ていませんので(余り観たいと思わないので:笑)どんな映画か知りません。
名画でありますが、迷画という評価もあるようで、DVDも出ていますから興味の
ある方はご覧下さい。私は悲しいお話というだけで避けてしまいますが。(笑)
ミシェル・ルグランの音楽は、この映画に限らず、とても素晴らしいのは判ります。

この「シェルブールの雨傘」のザ・ピーナッツ・カバーには二つの録音がありますが、
どちらも各々に良さがあって、その歌唱、演奏の水準の高さには驚くばかりです。
録音も大変に優れており、まさに甲乙つけがたく、同じ曲でありながらも、それぞれ
違う解釈によるアレンジであって、味わいは全く別であって、両者が存在する意味が
これほど明確になっているのは同じ歌い手としては希有のことじゃないかと思います。

ところが、それぞれの録音が収録されているCDの表記を比べてみますと、編曲者が
どちらも宮川泰となっています。これは誤りです。1971年版と混同しています。
(作詞も、あらかはひろしとなってますが、日本語は出て来ないので、これも誤り)
1968年版の方の録音は、編曲者は、中村五郎というお名前になっております。
このLPでは、
 ♪私はマノン    作曲・編曲=中村五郎
 ♪祈り          編曲=中村五郎
 ♪ホールド・オン     編曲=中村五郎
というように「中村五郎」氏が大活躍しているのです。

さて、この中村五郎という方は、誰なのでしょうか?
中村五郎は中村五郎なのだから誰なのというのは変なのですが、このお名前は本当の
名前なのでしょうか? 本当は実在しないのでは? と私は疑ってしまうのです。
それというのも、このLP以外で全くと言っていいほど、お名前を見かけないのです。
ネットで探しても、♪光速エスパー ♪悟空の大冒険 ♪花と小父さん くらいしか
引っ掛かってこないのです。著しく寡作なアレンジャーということになります。
ダーク・ダックスがこのペンネームで歌詞を作ったことは載ってましたが……

このように殆ど作品を残されていない作家が、ザ・ピーナッツ10周年の記念すべき
アルバムにはいきなり抜擢されたとは、とても思えないのです。
遠回しの言い方はいい加減にやめて、私の想像の大胆結論を言えば、これは偽名では
ないのかな? というのが私の疑念です。
恐らく、ザ・ピーナッツの10周年を記念して、今まではレコード関係ではお仕事を
一緒に出来なかった作家とか特殊事情のある方が特別参画したとしか思えないのです。
色々な契約や権利上のしがらみがあって本名を名乗ることが出来ないのではないか?
そして、その作曲・編曲の出来がまた非常な高水準にあることからも、かなり高名な
作家であることは間違いありません。もし違っていたら私の脳味噌が壊れています。

この1968年版「シェルブールの雨傘」では何とも哀切なヴァイオリン・ソロに
絡めたザ・ピーナッツのスキャットが儚い夢のような美中の美を奏でます。
そして、フル・オーケストラの重厚な合奏に乗せてピーナッツの歌声が展開していく
わけですが、まるでクラシック音楽のような気品がある堂々たる音楽が聴けるのです。
何だか聴いている自分も高尚な人物になってしまったように芸術の薫りさえ漂って、
語弊があることは重々承知の上で書きますが、こんな感じは宮川先生では出ません。

さあ、一体、誰なのでしょう?
このLPに実名で登場されている作家は一応は外すことが出来ると思います。
 宮川泰、中村八大、すぎやまこういち、平尾昌晃、鈴木邦彦、森岡賢一郎、
 筒美京平、鈴木淳、川口真、小谷充
以上の10名の方が新しく作曲や編曲をこのアルバム用に書き下ろしています。
大変豪華な顔ぶれと思います。さすがに10周年記念の御祝儀アルバムですね。
あとは、どなたが考えられるのでしょう?
東海林修、前田憲男、服部克久の諸先生方くらいしか思い浮かばないのですが……
お名前を伏せる必要がない先生方と思えるので、さっぱり見当がつかなくなりました。
まったく畑違いのクラシックの方だったりして。(それもちょっと考え難いな?)
ということで迷宮入りです。

さて、次のバージョンは1971年のLP「華麗なるフランシス・レイ・サウンド
ザ・ピーナッツ最新映画主題歌を歌う」に収録されています。
前作のLPも前々作のLPも他の編曲家と曲を分担する形だったのですが、ここでは
宮川サウンド一色に染め上げた感じで全曲をアレンジしていますし、オーケストラの
名前までも「宮川泰とルーパス・グランド・オーケストラ」というご自身の名前を
初めて使った楽団名にしています。この名前には私は茶目っ気を感じました。(笑)
いかにも面白いことが大好きな宮川先生だなあ、と微笑ましかったです。

もちろんサウンドは冗談どころか本格的な大編成が主体なのですが、曲によりまして
小技の効いた小編成の小粋な演奏もしてみせています。
ようするに先生がセレクトしたお気に入りの演奏者を録音のために集めたのでしょう。
それはそれは大変な名人芸であること素人の私でさえ十二分にわかってしまいます。
宮川先生が腕を上げたな〜と感心するのは、一つ一つの曲から受けたイメージにより
コテコテの油絵にしたり、水彩画にしたりと趣向を凝らしていることです。
この曲はさながら色鉛筆で描いたような清々しい音楽が耳に心地よく響くんです。

LP先頭の曲「ある愛の詩」では、宇宙戦艦ヤマトのテーマ顔負けのギュウギュウに
凝縮され、ありとあらゆる音楽的サービスがこれでもか、とミラーボールのように
目まぐるしく放出され、絢爛豪華で隙間なく音符を埋め尽したという感じが凄くて、
いやあこれは物凄い、と大変に興奮させられますが、開幕ダッシュで息切れしちゃう
どこかのプロ野球チームみたいになるのではないかと心配するほどの出し惜しみない
感じで、もう引き出しの中を全部引っぱり出してしまったんじゃないの? と思い、
あとの曲はどうするんだろう、この調子でずっとやったらお祭り騒ぎになりそうだと
懸念したら、どっこいそこから華麗なる変身で、多彩な宮川サウンドとピーナッツ節。
こんなことも出来るんですよ、こういうのもありなんですよと怪人二十面相顔負けの
千変万化。まさに、華麗なるヒロシ・ミヤガワ・サウンドが展開されるのでした。

そして何よりも特徴的なのは、音楽のわかりやすさと親しみやすさが違うのです。
同じ曲でも宮川先生がアレンジし、ザ・ピーナッツが歌うと実に私の周波数に合致し、
恐らくこれは日本人風だからじゃないのかなと思うのですが、バタ臭い歌を歌ってる
はずのザ・ピーナッツなんですが実際はお箸でフランス料理を食べているかのような
ちゃぶ台に載ったステーキのような、摩訶不思議な和洋折衷感覚が異文化を抵抗なく
理解出来るような面があるように思えるのです。
普通のジャズ歌手やシャンソン歌手が本場風に歌うと、なんかつまらなく、勝手に
お上手に歌ってればいいや、私しゃ聴かないけどね、となってしまうのに宮川流での
ピーナッツ風味となると、あ、こういう歌なんだ、と急に身近に感じるのです。

先日NHKテレビで珍しくスウィングの番組があったので見ていたら、笈田敏夫が
「ビギン・ザ・ビギン」を歌っていたんだけど、もう全然違う曲のようになっていて
思わず、普通の主旋律を私が「ララララ〜ラ〜ララララ〜ラ〜」とハミングしてみて
傍で見ていた娘に、これ、こういうメロディーなんだよ、と言ったら、全然違うね、
と同意してくれました。
このプロの人の歌い方は「草書」で、崩しに崩して休符ばかりになってしまってて、
そこがいいんだろうけど、私には全然良いとは思えない。名曲が無惨にズタズタに
されてしまってて私の趣味に(私の低いレベルに?)は合いませんでした。

だから、もしかするとザ・ピーナッツの音楽って偏差値が低いのかも知れませんが、
ちゃんと楽譜通りという面もあるので、素直に耳に入ってくる良さがあると思います。
学校の先生でも美人の教師が教えてくれる教科だったら集中して学習能力が上がる
かもしれず、少なくとも一生懸命になるような気がします。
だから、お気に入りのザ・ピーナッツが歌ってるんだからという面もあるかも知れず、
そこのところの分析は渦中の本人には難しいところです。
この1971年版は日本語の歌詞も付いているので、ちょっと高尚なフォークソング
みたいな感覚さえ抱かせます。

コンビニに買物に来た同棲中の二人が急な夕立ちに遭って、
「傘買おうか」「でもこのビニール傘、600円もするのよ」「ま、いいじゃん」
と小さな相合い傘で肩を並べて歩く二人……題して<セブン・イレブンの雨傘>。
まあ、ここまで「神田川」みたいになる感じではないのですが、かなり身近な曲に
感じてしまいます。
この二つのバージョンを聴きくらべるとザ・ピーナッツの表現力というのは幅広く、
もうまるで別の印象を与えるほどの多彩さを持っていますし、同じ曲を再カバーする
意味・意図というものが十分にわかります。
どちらも強力に推したい素場らしい出来ですよ!!!
(2005.4.20記)