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♪叱られて  1971.02
   作詞:清水かつら 作曲:弘田竜太郎 編曲:若松正司
   演奏:オールスターズ・レオン
   録音:1970.11.12 キングレコード音羽スタジオ
  

一般知名度 私的愛好度 音楽的評価 音響的美感
★★★★★ ★★★★★ ★★★★★

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作詞の清水かつらは、「靴が鳴る」「雀の学校」などの多くの童謡を作っています。
私が好きなのは「みどりのそよ風」という教科書に載っていた歌でしたが、キーが
高くて歌い難かったのを覚えています。
カラー印刷ではない教科書だったと思いますが、挿し絵まで記憶にあります。

作曲の弘田龍太郎は「鯉のぼり」「靴が鳴る」「雀の学校」「春よ来い」などを作曲。
このLPでも歌われている「浜千鳥」も彼の作曲で、数千曲も作られたそうです。
「鯉のぼり」という歌が私は大好きでしたが、♪甍の波と雲の波などの言葉の古さ故、
現代では教科書からは抹消されています。
お二人は昭和26〜27年に相次いで亡くなられましたが、僅かな年月ですが、私と
同じ時代に生きていた方々なのかと思うと感無量です。私も年をとるはずですね。

この「叱られて」は、正直な気持、日本の暗い時代を象徴する悲しい歌なので、私は
歌うのも聴くのも好きではありませんが、物凄い郷愁を感じるのは事実です。
私の祖母の時代はまさにこうだったのですから血が覚えているような気がするんです。
幼い時に「口減らし」で「奉公」に出されている子供達のような感じが強いのです。

   叱られて 叱られて
   あの子は町まで お使いに
  この子は坊やを ねんねしな
  夕べさみしい 村はずれ
  こんときつねが なきゃせぬか

こんな状況にある子供達の将来の幸せを祈って、この歌は作られたのでしょうね。
悲惨な感じではあるのですが、そこに周囲の子供達にかける暖かい視線が感じられ、
これが日本人の心の原点になっているのだと私は感じます。
日本人は子供に凄く優しいのではないかと私は思うのです。
かつらは生前、沢山の童謡に恵まれた「日本の子供は幸せだ」といっていたそうです。
子供を主人公にした歌がこんなに溢れているのは日本だけだと思うのです。
それが結局、子供へ対する教育の充実となって現われ、世界に類のない教育水準の
高さに達したと思うのですが、違いますでしょうか?

私は基本的に義務教育終了程度の学力しかありません。
高校へは行きましたが、工業高校なので、教養という面では殆ど向上してはいません。
しかし、それでも、こうして文章を編むことが出来ます。日本の義務教育のレベルは
大変素晴らしいものだと思います。
おんぶしたり、だっこしたりと日本人は子供を自分の体から離そうともしないのです。
なによりも大事なものだからです。
妙な外国かぶれの育児書みたいなものが流行った時期がありましたが、あんなものは
頭でっかちの薄情者が書いたマニュアルなので人間向きではなかったのです。

私は絶対に女性にモテないから一生独身だろうと思い込んでましたし、子供達という
存在がわずらわしくて、近寄るのも嫌でした。
しかし、縁あって、自分の子供が生まれてみると世の中が一変してしまいました。
とても大切なものを神様から預かったという気持も起きましたし、なんかもう心配で
会社へ行ってても子供の事が気になって、残業なんか絶対しないで一目散に帰宅です。
風呂は必ず私が入れたし、オムツ代えるのはお父さんの方が上手とか煽てられたり、
授乳のあとのゲップを出すのも得意だったし、寝かしつけるのは神業に近い(笑)。

最初の3ヶ月は昼夜が関係ないような子供に合わせたサイクルなので嫁さんと交代で
早番と遅番で寝ようと言ったのですが、その気持だけで嬉しいし、疲れが飛んじゃう
から大丈夫って言うのです。それでも真夜中でも、眼が醒めた時は手伝いましたし、
それでこっちが疲れるというようなこともなかったように記憶しています。
テレビ・ドラマとか映画で、旦那が「子供を泣かすな! 俺は明日仕事なんだから」
なんて、自分勝手なことをほざく亭主がいますが、そんな男はすぐに別れたほうが
いいと思う。必ずそういう非人情さが、別の面でも顕われて破局に繋がると思う。

時計のようにリズミカルな育児だったので、4ヶ月目に入ると子供も8時に寝付いて
朝までそのまま起きなくなりましたし、そのパターンが狂ったこともなく、おまけに
「夜泣き」という経験をしたことがありませんでした。
娘にとって、この8時に寝るというパターンは絶対なものだったようで、その時刻に
なるとどうにも眠くなるらしく、中学生になっても、さっさと寝てしまいました。
さすがに高校生になると見たいテレビなどあったりするものだから、このリズムは
終焉してしまいましたが、あの習慣は凄いものだったと今でも思っています。

「躾け」という言葉はどうも私の気性に合わないので、心掛けたこともないのですが、
万物の霊長の子供というものは良く見ているので自然に覚えるものだと思います。
怒ったり叱ったりが出来ない性分なので、互いに話はよくしますし、説明もしますが、
ものを教える専門家じゃないので教育的指導という意識も持ったことがありません。
そもそも家庭というものはオアシスのように居心地が良いものでなくてはなりません。
子供だって伸び伸びと快適に過ごす権利があります。あれをするな、これはダメだと
口喧しく言われるのはたまりませんよね。これは理解してあげなくては。

ずいぶんと脱線しちゃいましたが、そんなわけで「叱られて」という歌は子供の身に
なってみれば随分と酷い仕打ちをされているように感じられてならないのです。
こういう時代の方が良かったという方もいるのでしょうが、私はそうは思いません。
絶対に現代の方がいい時代に違いないと私は信じています。
要は心の持ち方の問題なので、けっして貧困が良いわけでも、厳しい環境が良いとも
思えないのです。だから、この歌は、子供の身になって案じている心根の優しい人の
心情を歌っているのであって、こういう気持を忘れてはならないんだと思うのです。
そうすれば、児童への虐待などという鬼畜の所業をする人は居なくなるでしょう。

ザ・ピーナッツさんの歌声は優しいなあ、としみじみ感じます。
こんな天使のような歌声をお店でお金で買ってしまって良いのだろうかとも感じます。
本当は世の中の為に、人の為に、何かとても良いことをしたご褒美に神様から頂ける
幸福のお守りみたいなかけがえのない歌声です。
ザ・ピーナッツの歌が聴けるということの代償にはどんな金額もつり合いません。
この歌は<ザ・ピーナッツ・ドリーム・ボックス>(1991年発売)だけに収録され、
その後の再発はありませんが、この童謡唱歌の一枚だけでも、2万円という価格は
むしろタダみたいなものじゃないかとも感じてしまいます。

アレンジはオーソドックスなオーケストラでの本格派サウンドにバックアップされた
どこに出しても恥ずかしくない立派な演奏と澄んだ歌声です。
至上の温もりが感じられるアコースティックな響きが心を癒しますし、響きの隅々に
自然な空気感を感じる見事な録音です。どこにも無理がなく、嫌な響きが皆無ですし、
それでいてぼやけたような眠さもなくて、何時聴いても日々新鮮です。
どこかにまだ在庫があるようなら是非、耳にして下さい。
(2005.4.27記)