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シャル・ウイ・ダンス  1968.12
 SHALL WE DANCE
   原曲:O.Hammerstein 2nd,R.Rodgers 編曲:宮川 泰
   演奏:オールスターズ・レオン
   録音:1968.09.05 キングレコード音羽スタジオ

   

一般知名度 私的愛好度 音楽的評価 音響的美感
★★★★★ ★★★★★ ★★★★★

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去年だったか? 封切られた同名日本映画のカバー洋画のタイトルと同じですが、
全然関係がありません。
こちらの曲は50年も前に上映された「王様と私」のメインテーマ曲の方でして、
リチャード・ロジャース作曲のスタンダード・ナンバーです。
昔はよくあちこちで聴かれた曲ですが、最近はあまり耳にしなくなりました。
CMのBGMに使ったらチャーミングでいいのにね。

何度も同じ事を書きますが、ダンス天国メドレーの中の1曲として歌われています。
同じ趣向の「祈り組曲」同様、宮川アレンジとピーナッツ節の融合傑作の権化です。
こんなに楽しい音楽はちょっと見当たりません。比類ない独走路線でもあります。
この楽しさ、面白さはとても筆舌に尽し難い代物なので、何を書いてもその魅力を
伝えることは不可能です。だから、お終い。
と書いてしまっては身も蓋もないし、饒舌が私の長所であり短所であり、つまりは
アイデンティなので、思い付く事は全部書いてしまわないと落着きません。(笑)

宮川先生はこの上なく楽しんでいらっしゃいます。これは間違いないでしょう。
恐らく会社からは、もっとオリジナル曲を作りなさいと再々催促されていたのでは
ないかと思うのですが、ザ・ピーナッツと仕事をすると、アレンジの麻薬的愉悦に
ついついどっぷり漬かってしまうのではないでしょうか?
結構、これ核心を突いているのではないかと思うのです。

作曲という行動を簡単に起こせるのは、怖いもの知らず、というのか、無鉄砲とか
無頓着とか、あまり過去の傑作には興味がないような人はどんどん出来ても音楽的な
広範な素養が備わっている人ほど困難なものではないのかと私は思うのです。
色んなフレーズが思い浮かんでも、あ、これは何々に似てるし、似てる曲の旋律の
方がもっと素敵じゃないか、くそっ、ということになるのではないでしょうか。
「恋のバカンス」が「素敵なあなた」の亜流だよ、みたいな自虐的なことを言ったり、
「ふりむかないで」は「ダイアナ」のコード進行にあらよっとメロディー載せただけ、
なんていって、自分の作曲なんて大したものじゃない、と卑下したりされています。
そんなだから、なかなか作曲が出来なかったのではないでしょうか。

一方では、世界中の素晴らしい音楽がどんどん入って来て、あ、これをピーナッツに
歌わせたいな、どんな風に味付けしたらいいかな〜という楽しみの方が脳味噌の中を
支配してしまうので、アレンジの楽しさと、それをザ・ピーナッツで実現した結果の
見事さに「俺、天才じゃなかろうか」と耽溺してしまったのではないでしょうか?
宮川先生の作曲では私は歌謡曲や唱歌風の作品に非常な魅力があると思っています。
ところが期待されている作風はそういう類いのものではなかったかも知れません。
そこにギャップがあって、音楽的にも斬新なものをと考え過ぎていたのではないか。
私は「あれは十五の夏祭り」とか「山小屋の太郎さん」とか「舞妓はん音頭」などが
好きで好きで、もっともっとこういうのを作ってくれないかと思ってました。

日本人じゃなければ歌の心が伝わらないような作品にこそ宮川先生の作曲の原点が
あって、そこが心情的にぐっとくるところなので、決して世界に通用する類いの曲が
出来る必要なんかないのだからと割り切って、作曲して欲しかったと思います。
その点、編曲活動は乗りに乗っていた感じで、無数とも言える大量のお仕事をされて、
ザ・ピーナッツのためのアレンジというとこれは天下一品の凄い出来だと思います。

この曲の編成は凄いですよ。(数は推定ですが)
 女声ボーカル(ザ・ピーナッツ) 2(2声部)
 男声ボーカル(フォー・メイツ) 4(4声部)
 ヴァイオリン         10(2声部)
 ビオラ             5
 チェロ             4
 コントラバス          2
 ハープ             1
 トランペット          4(4声部)
 トロンボーン          4(4声部)
 サックス            5(5声部)
 フルート(ピッコロ持ち替え)  1
 木琴              1
 電気ベース           1
 電気ギター           1〜2
 タンバリン           1
 ドラムス            1
総勢50名近い超大編成で、楽譜は恐らく31段という交響曲顔負けの物凄さ!!
録音トリックなんか全くありません。全部同時録音です。
そんなことわかるのかって、それがわからなけりゃ音楽聴く意味が無いよ。
弦楽器の厚みが凄いです。管楽器も完全にフルバンド編成。ゴージャスです。
この録音がまた最高に素晴らしい!! 録音エンジニアも天才です。
これだけの多彩な響きでありながら実にしっとりしていてアコースティックな自然な
音の感触が滑らか。コンサート会場の特等席にあなたを誘います。
このような録音が出来る技術者は今はあまり居ないのではなかろうか?

これは歌手、演奏人もさることながら、アレンジャーとしても最高の気分でしょう。
この録音がきっとスタッフ全体に受けが良かったのだろうと思うのです。
それだからこそ、あの第2弾の「祈り組曲」が登場したのでしょう。
ここにはもう浮世離れした音楽をやる喜び、聴く喜びに満ちています。
レコードが売れようが売れまいが関係ない。そんな下世話なことは考えてもいません。
指揮はもちろん宮川先生自らタクトを振っているに違いありません。
最高に幸せな時間であり、アレンジャー冥利に尽きるお仕事だろうと思います。

このような幸せに満ちた状況がずっと続いたのだから、作曲なんかしている暇が無い。
完全にハマってしまっているという感じですし、凝縮された凄い密度を感じさせる
凝りに凝った傾注ぶりです。これはピーナッツ向けだからこそ、その気になるんです。
ザ・ピーナッツが引退してしまったあと、宮川先生はフヌケのようになってしまった
と述懐していますが、その通りでしょう。
ザ・ピーナッツに次になにをやらせようか、という思いが創作意欲の源だろうと私は
思うのです。ザ・ピーナッツのお仕事以外にもそれは大きく影響していたはずです。
愛娘が嫁に行ってしまった後の父親の心境で、何も手につかなくなったのでしょう。

これだけ切々たる恋慕にも似た思いを時々ザ・ピーナッツは袖にしているのです。
他のアレンジャーに浮気をするのです。(笑)
最後年あたりのステージでのアレンジは前田憲男さんにやって頂いたりしています。
それ以前にも作曲、編曲を他の作家にたくさん頼んでいるのです。
マンネリを嫌ったのでしょうが、これは宮川先生は嫌なことではなかったでしょうか。
宮川アレンジは猪突猛進型で自分が好きな方向にのみ突っ走ります。
世間の誰が何と言おうと渡辺社長の許可さえあれば行け行けなんだろうと思います。
何が欠けるかというと芸術的な気品が薄いのでしょう。
だけど、わかりやすくて、面白くて、楽しくて、ショーアップされる面は抜群です。
しかし、半面、お祭り騒ぎのようでもあり、気恥ずかしいところもあるのです。

ザ・ピーナッツに対する音楽的な「愛」が強いほど、音楽はハイ・テンションになり、
物凄い高揚感に満ちあふれております。
ザ・ピーナッツへの作曲・編曲には宮川先生のもっとも先生らしい面が色濃く顕われ、
ザ・ピーナッツのレコードを全部聴かないで宮川先生を語るのは滑稽なほどです。
このダンス天国メドレーだけでは全ての先生の思いを語り尽してはいないのですが、
これを聴くだけでも熱愛ぶりが手にとるようにわかる面もあります。
これが馬鹿馬鹿しいとか何だこれはと思う人も居るでしょう。そうなんですよ....
「愛」というものは傍から見ている人には滑稽に映るものなのです。
でも、私は、ピーナッツも宮川先生もとても愛しくて一緒に感情移入してしまいます。
最高です。聴かなきゃ損損。

(2005.5.2記)