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聖なる泉  1964.2.29録音
 東宝映画「モスラ対ゴジラ」挿入歌
   作詞:伊福部昭 作曲・編曲:伊福部昭

     

一般知名度 私的愛好度 音楽的評価 音響的美感
★★★ ★★★★ ★★★★ ★★

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映画「ゴジラ」の音楽で知られる日本作曲界の重鎮、伊福部昭(いふくべ・あきら、
元東京音楽大学学長)さんが、2006年2月8日午後10時23分、多臓器不全の
ため東京都目黒区の病院で死去しました。91歳。
51年から62年まで東京音楽大学長。平成15年に文化功労者に選ばれた。

特撮怪獣映画は伊福部昭というのが定番だったろうと思いますが、映画「モスラ」の
音楽は怪獣ものでは例外的に古関裕而さんが担当されました。
これは何故だったのでしょう。
伊福部昭さんとその作品「聖なる泉」から脱線しますが伏線なのでご辛抱願います。
「日本映画音楽の巨星たち」という書籍の古関裕而さんの章に次の下りがあります。

  「モスラ」の音楽担当になぜ古関裕而が起用されたのか。はっきりとした証言は
 残っていない。顧みれば、古関が書いた怪獣映画の音楽はこれ一本のみ。伊福部昭
 のスケジュールが空かなかったから、あるいは伊福部が断わったから、という説も
 あるようだが、確証は得られていない。だからといって、そう複雑な事情があった
 とも思えない。「大平洋の嵐」、「鉄腕投手 稲尾物語」と、メロディーが明確化
 された色彩に富んだ音楽構成が採られた両作品を経たことで、本多が彼の音楽特性
 を理解していたからだろう。旋律を立て、南国ムードを加味した、耳に付着しやす
 い音楽、音楽劇、舞台劇にあたかも通じるかのようなスコアを制作サイドが古関に
 欲したのだと理解出来る。
  加えて、映画の鍵を握るキャラクターであるインファント島の小美人を当時人気
 上昇中だったザ・ピーナッツ(伊藤エミ・伊藤ユミ)が演ずることも、一つの要因
 となったのではないか。芸能界で活躍する人気流行歌手が重要な役柄を演じ、物語
 に深くかかわる歌曲を劇中で複数曲披露する。観客を作品世界に引き込み、受け手
 の情動を揺さぶらねばならない歌を舞台の上でミュージカル・シーンのように歌う。
 そういった理由から、ザ・ピーナッツの歌唱指導も含めて古関に白羽の矢が立てら
 れたのだとも考えられる。「モスラ」には古関の音楽が必要だった。古関でなくて
 はならなかったというとらえ方も成立するかもしれない。

「ゴジラ」の登場が東宝という映画会社にとって歴史的な大成功であったのと同様に
「モスラ」は、その後の特撮怪獣映画の作り方の基盤となった重要な作品なのです。
「モスラ」の制作以前に、3年間の怪獣映画のブランクがあるのをご存知でしょうか。
 それまでの作品は、怪獣が現代社会に出現し、人類を恐怖のどん底に突き落とす。
そのプロセスを進行させる中にこの事態を引き起す要因となった人間側のエゴイズム
に収束する諸問題を告発し、社会的メッセージとして訴えるとい形をとっていた。
しかし、この重いテーマ性の方が超現実的な夢世界が滲ませる映画的ロマンに勝り、
映画の幻想的な楽しみより、ドキュメンタリー風になってしまっていた。

 東宝映画のキャッチ・フレーズは<明るく楽しい東宝映画>である。
 「モスラ」は、さまざまな作品がひしめく東宝特撮映画の中でも、華やかさという
点ではトップクラスに置かれる。ファミリー向け怪獣映画の路線開拓となったのだ。
 老若男女を問わず楽しめる様々な娯楽要素が違和感なく盛り込まれ、特撮怪獣映画
初めてのカラー・シネマスコープの大作となり、エンタテインメントに狙いが絞られ
ていた。女性にも好かれるような新しい観客層を切り開いたのだった。
 今や、怪獣映画というジャンルは「モスラ風」の作り方がむしろ定番となっており、
「モスラ」のDVDを買って観た人は当たり前のようなストーリーと感じるだろう。
しかし、それまでの作品を順を追って観れば、「モスラ」がいかに画期的な作品か、
感覚としても理解出来るのではないだろうか。

 さあ、そろそろ本題に戻って、伊福部昭さんが今度はこの小美人をどう扱うのか、
ここが非常に興味深いテーマであったろうと思うのです。
「モスラの歌」は、隠れた昭和の大名曲であり、隠れた大ヒット曲なので、小美人が
出る限り、絶対に、これを外すわけにはいかない。これは固定。
そこで「マハラ・モスラ」と「聖なる泉」を新たに歌曲として挿入したことになる。
「マハラ・モスラ」は、前作をイメージし引き継いだポリネシア地方の音楽のような
原始的で単調なリズムで構成され、モスラの世界をより確実なものにしている。

 一方の「聖なる泉」。これは何という美しい旋律であろう。驚異的ですらあります。
 これは音楽的にも非常に優れているのではないだろうか。
 こんなことを書くのは日本で私が最初かも知れない。(冗談だけど..一概に嘘とも)
どうもこういう作品を褒めるのは評論家のプライドかなんかがあって無視するのかも
しれず、ゴジラ映画の音楽だって、直ぐに大評価されたわけじゃない。
古関裕而さんもモスラのことなど自伝でも触れていない。だけど古関裕而記念館には
立派なモスラ資料の展示があるそうだ。
 たかが怪獣映画の挿入歌だからといって軽んじるのは感性の乏しい人だと私は思う。
ザ・ピーナッツ・ファンの中にもモスラはどうも..という人が居る。気の毒な方です。

さて、平成の時代になって「ゴジラ対モスラ」が製作されましたが、新小美人が登場。
もちろん、モスラの歌も披露されるわけですが、どうも口先鼻先で歌っている感じで、
あの歌になっていないなあ、と感じます。
ザ・ピーナッツって、楚々としているようであっても歌には大変なエネルギーがあり、
強烈なパワーとインパクトがあったのだな、と再認識しちゃいます。
決してコスモスというデュオが下手とも思えませんが比較するものが桁違いなんです。
それでも一生懸命に歌っているのがけなげで私は好印象で見ていました。
その歌の中でも、この「聖なる泉」は、けっこういい線いってると感じます。

演奏も歌もザ・ピーナッツの原典を忠実に再現しています。
ほんとうに同じなんですよ。新時代の録音だから音質はとても綺麗で見事です。
新しいスタッフが如何にこの曲に敬意を払っているのかが良く伝わってきます。
そうなんでしょう。これ、やっぱり、大変な名曲なんですよ。
ザ・ピーナッツのCDは、このモスラ関係の音源の形で色々と登場していますから、
入手が困難ということはありません。ありがたいことです。
その中でも音質が最高なのは、ゴジラBOXのものですが、大分高価格です。
(2006.02.12記)