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♪ダンケシェーン 1964.03
DANKE SCHON
作曲:R.Kamo B.Kempphelt 作詞:加茂亮二
編曲:宮川泰 演奏:レオン・サンフォニエット
録音:1964.01.27 文京公会堂
一般知名度 | 私的愛好度 | 音楽的評価 | 音響的美感 |
★★ | ★★★★* | ★★★★★ | ★★★★* |
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「ダンケシェーン」とは、当時からすっかり日本人にもお馴染みになったドイツ語で、
「ありがとう」の意味だそうです。こういう言葉は万国にありそうです。
なぜなら人間関係を潤す言葉だからだろうと思います。
「ダンケ」でもありがとうという意味らしいから、もっと丁重な言い方なのでしょう。
日本語でならば、「ありがとう」と「どうもありがとうございました」程度の違いが
あるのかも知れません。
推測ですが、とっても感謝しています、という感じが強いのかも知れませんネ。
この歌は原語の歌詞を知りませんが、こういう感情は万国共通でしょうから訳を知ら
ずとも見当はつくし、当たらずとも遠からずだと思います。
恋人に、ありがとう、と言っているのですが、日常的なありがとう、ではないようで、
もっと深い意味の、つまり、貴方が居てくれたので私は幸せになったという哲学的な
存在を感謝しているという感じかな、と想像します。
大好きだ、というのは、時間が変れば、大嫌いだに変質してしまう可能性があります。
だけど、感謝の気持はめったに揺るがないものだと思います。
恋に逆上せて結婚しても興醒めして別れるケースはざらで、年々離婚が多くなってる。
それは肉体関係なんかも含めて、好き嫌いで結ばれるからでしょう。
貴方がこの世に居る、それだけで素晴らしい、貴方の存在に感謝しますという思いを
胸に抱いて結ばれる夫婦は年老いても、その愛は不変のものであるはずです。
なにを言いたいか、というと「感謝する心」が今の世の中から消え失せつつあること。
異性にモテる人や色んな異性とおつき合いを経て結婚した人には理解出来ないのかも
しれないけれど、自分に、自分の気に入った女性が嫁いでくれるということが奇蹟の
ような有り難いこと(有ることが困難なこと)なのであり、子供が生まれた時にも、
摩訶不思議な魔法のような神秘的な出来事であり、有り難いと感じた。
「我思う故に我有り」という哲学者パスカルの有名な言葉があるが、この世のことは
本当に真実なのか存在するのか、という感覚に捉われることがある。
感覚的には50%が自己の世界で、あと50%が周辺の環境として認知しているが、
もしかすると100%が自分の創造の世界かもしれない。という懸念がある。
なんか上手く出来すぎていないかな、このストーリーという面が時々出て来るのだ。
言わば「想定の範囲内」というのが今迄の人生であったような気がするのだ。
17年遅れて勤め先に入社して来た今の家内を見た時も「あっ、居た」という感覚で、
ふつうは一緒になろうなんて思わないだろうけど、なにかピンときたのだったし、
娘が生まれても「あっ、来た」という感じで、分身的感覚が咄嗟に生じたのだ。
家内が、あんなこと言うと思っていなかった、とか、あんなこと考えていたのか、と
いう行動はめったに目にしたことがない。
あれっと思ったのは自動車の運転教習所に通い出した時くらいだ。へぇ〜と思ったが、
たぶん、他所の奥さんなんかの影響だったのだろう。免許とっても乗らないんだから。
娘にしてもそうだ。今の若いやつは……なんて感覚はまったくゼロ。
何考えてるのか殆どわかる。趣味趣向、感情の起伏まで手にとるようだ。
どうも我が家のチームワークというものは100年前からの知り合いのようなのだ。
頭脳が知っているというより、魂自体がずっと昔からの記憶を覚えているかのよう。
明らかに他人が偶然集っているという状況ではない。
お互いに機嫌の悪い時もあるが、それぞれ理由と事情があって、それもわかるのだ。
世間で起きる家族内の不幸な出来事はペアリングが間違っているのであろうと思う。
やはり「縁」に感謝し、それを信じるしかないのではなかろうか。
話を音楽に戻しましょう。
ザ・ピーナッツのヨーロッパ進出に連れ立って音楽担当の宮川泰先生も顧問の立場で
訪欧したのだったが、アレンジの高度さに驚嘆し、こっそり楽譜をカメラで撮ったり、
見聞きすることが大変なカルチャーショックで音楽修行にもなったらしい。
とにかく仕事が丁寧で、映像とリンクした編曲なども凝っていたらしく、帰国後には
ずいぶんと張り切ってお仕事に励んだそうです。
この曲のアレンジなどは、まさにその真っ最中。そういう感じが強いなと感じます。
シングル盤として出す曲ではないのに、熱の入れ具合が異常で、盛り上がっています。
大変に贅沢で豪華な演奏となっています。もう過剰サービスと言ってもいい。
曲の初めは、左にピアノ、中央にウッドベースとドラムセット、左にギターの布陣で
ザ・ピーナッツも左右に分かれて歌い始めます。
2コーラス目からは、左にストリングスセクションが加わり、右にはアルトサックス。
次には中央に女声コーラスが入ってきて、右にトランペット隊、トロンボーン隊参加。
次第に高潮し、男声コーラスも加わり、全サックスセクションが参入しちゃいます。
そして最後のクライマックスに至るまで総奏が繰り広げられます。
こんな大勢の楽隊は狭いスタジオでは音が混じり過ぎてダメなはずなので、どこかの
ホールを借りたのでしょう。これはいつものことだったろうと思います。
宮川先生は編曲魔とでもいうのか、ザ・ピーナッツの楽曲では同じアレンジを使わず、
エッセンスは残すとしてもレコードとステージでは変えていたようです。
「ダンケシェーン」を「さよならコンサート」でも歌っていますが、全然別編曲です。
後でやった方が改良というわけでもないようで、私はこのレコードの方が好きです。
「ダンケシェーン」は他の歌手も色々とカバーされていて各々特徴を出されています。
ザ・ピーナッツはクレッシェンド風に歌っていて劇的効果を狙っています。
かっこよさという面では比類ないといえると思います。
故宮川泰先生に、ダンケシェーン。
(2007.02.16)