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♪中国地方の子守唄  1971.02
   作詞:日本民謡 作曲:山田耕筰 編曲:若松正司
   演奏:オールスターズ・レオン
   録音:1970.11.12 キングレコード音羽スタジオ
  

一般知名度 私的愛好度 音楽的評価 音響的美感
★★★★★ ★★★★★ ★★★★★

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中国地方の子守唄の発祥地は、岡山県井原市(広島県との境)高屋町です。
この唄が全国に知られるようになったのは、井原市出身の声楽家上野耐之氏が昭和の
初め、故郷の母親が唄っていた子守唄を恩師である山田耕作に披露したのがきっかけ
だそうです。感動した山田耕作が編曲して発表し、広く愛唱されるようになりました。
以上、ネットで見た情報です。
レコード盤にある記述では山田耕作作曲となっていますが、採譜〜編曲という仕事を
されたものと思われます。民謡で町田嘉章作曲という表記がされるとの一緒でしょう。

別稿でもふれていますが、子守唄で思い出すのは、もう亡くなった祖母のことです。
母は仕事で忙しかったので私は実質的に祖母に育てられました。おばあちゃん子です。
祖母は子沢山の家に生まれ、長女だったので学校へも行けず奉公に出されました。
当然ですが家に帰りたかったらしいです。耐え忍んでいたわけですね。
草いきれというのか雑草群の匂いがすると当時のことを思い出してしまうらしい。
子供や孫にそんな思いをさせたくない気持ちが強いせいか、過保護の極みでした。
魚の小骨まで全部取ってくれたので、私はいまだに魚は上手に食べられません。

年中、祖母にだっことおんぶなので小判鮫状態で、今みたいに何でも医者という時代
でなかったのですが、熱があっても、とにかく祖母が抱いていれば治ったらしいです。
「ねんねんねっこのけつ、かにがはいこんだ……」で始まる子守唄が記憶にあって、
それを家内に聞かせたら、なにそれ、というので、たぶん群馬県あたりの子守唄だと
説明したが、ほんと? と信じてもらえなかった。
しかし、安田姉妹のコンサートをテレビで見ていたら、この歌を歌ったそうでした。
歌詞は微妙に違いますが、バージョンの違いなのでしょう。
「ねんねんねこのけつ」で、ネット検索するといっぱい出てきますよ。(笑)

 ねんねこ しゃっしゃりませ 寝た子の可愛さ
 起きて泣く子の ねんころろ つら憎さ
 ねんころろん ねんころろん

 ねんねこ しゃっしゃりませ 今日は二十五日さ
 あすは この子の ねんころろん 宮参り
 ねんころろん ねんころろん

 宮へ参ったときゃ 何というて 拝むさ
 一生この子の ねんころろん まめなよに
 ねんころろん ねんころろん

「寝た子の可愛さ、起きて泣く子のつら憎さ」というのはわかるような気がします。
でも、泣くのは理由が必ずあるはずです。赤ちゃんは泣くのが仕事さ、というような
ことでは赤ちゃんが気の毒です。
わんわん泣かせている家も多いのですが、わかってやらなくて可哀想だと思います。
犬を飼っていたことがありましたが、犬だって無駄に吠えてはいません。
犬の立場になって考えれば、ちゃんとわけがあります。それが思いやりというもの。

ましてや万物の霊長である人間の赤ちゃんですから、もっと理知的に泣いています。
お腹が空いた。おしっこが出た。ウンチが出た。淋しい。体調が悪い。抱いて欲しい。
眠りたいけど眠れない。大体がこういうことです。
まだ幼いので、失恋したからとか、そんなに複雑な理由じゃありません。
抱き癖がつくから、あまり抱かない方がいい、なんていう大馬鹿者が世におりますが、
哺乳類というのは根本的に他の動物であっても赤ちゃんは可愛く見えて保護したいと
思うように神様が作ってあるのです。だから犬が猫の赤ちゃんも育てたりします。

なので、赤ちゃんを抱きしめてやりたいと思う気持ちがあるのが正常な人間なので、
その気持ちに素直になれない方が異常なんです。
とにかく可能な限り赤ちゃんを抱いてあげて欲しいと思います。おんぶでもいい。
それは赤ちゃんの為だけでなく親としても得られるものが必ずあるはずなんです。
皆さん、いつも胸元がなにやら寂しいという感覚はないでしょうか?
夜、寝る時に、布団を抱いたり、なにか触れていないと心細い感じはありませんか?
ウサギや猫、子犬など小動物を見ていると思わず抱いてみたくなりませんか?
小さい子も可愛くて思わず、そういう気分になりますが、他所の子はいけませんよ。

「明日は、この子の宮参り」というのは、明日お誕生日なんですね。一歳になるんだ。
でも「今日は二十五日さ」というのは特に意味はないのでしょうね。26日生まれ?
「一生この子のまめなよに」の「まめ」とは何でしょう。ピーナッツじゃないよな。
 1 労苦をいとわず物事にはげむこと。また、そのさま。勤勉。
 2 からだのじょうぶなこと。また、そのさま。健康。たっしゃ。
 3 まじめであること。また、そのさま。実直。本気。誠実。
この場合は、「2」なのでしょう。一生健康で暮らしておくれという祈念でしょう。
この子守唄は子守役が歌うのではなく、実の母親や祖母が歌う歌詞なんですね。

さて、ザ・ピーナッツの童謡・唱歌については、別曲でもかなり語り尽しましたが、
とにかく歌声が暖かく優しくて心休まる感じです。
上手く歌おうとする気持は当然あるのでしょうが、そういう気取りが感じられない。
フル・オーケストラをバックにしていても仰々しさはなくて、至って素朴です。
とにかく、このLPに入っていた曲は常に皆さんがCDで買えるような状況にして
おいて頂きたいと思うのです。素晴らしいアルバムですからね。
ザ・ピーナッツ・ドリーム・ボックス内の一枚で収録されたわけですが、BOXは
価格的に買いやすいものではないし、おまけに現在は廃盤です。
なんとか旧LP単位で文庫本のような扱いの商品体系と品揃えが出来ないものか、
そういう工夫はないものか、検討してほしいものです。

音質面ですが、時代的にも後期でもあり、音の解像度なども文句なしの出来栄えです。
ただ、この曲のバイオリンは若干ですが刺激的に鳴るような気もします。
デジタルの時代になって再生音に歪みや汚れがなくなりましたが、CDは音の縁が
明確過ぎて、細かい音まで明晰になり、きっちりした音なのですが、シャープ気味に
聞こえるため、感覚として刺激的な感じがするという面もあろうかと思います。

ところが、この刺激的に感じるということにも原因は聴き手側にあったりもします。
私のCDプレーヤーが20万円台の価格帯であり、CD本来の音質がこれで十分に
発揮出来ているのだろうか、という点です。
150万円以上の投資をすれば、ほぼ満点な性能を出せると思いますが、無理なので
本当のところはわからないのです。
SACDになると俄然高音が素直に伸びて刺激的な音がむしろ華やかさに昇華します。
このフォーマットで、この曲を聞いてみたいものです。
これなら無理のない価格で本来のアナログマスターの音が聴けると思うのですが……。

レコード中心の昔はトレブル(高音)のツマミを下げてみたりする人が多かった。
これはプレーヤー関係の品質が低いと雑音や歪みが盛大で聴けたものじゃなかった
からなのですが、CDの時代は味わいは別として、そのようなデータで分かるような
不具合はどんな安価な品物でも起きません。
なのに、相変わらず、高音を絞ったり、スピーカーのアッチネーターで落としたり
する人が多く、高音を上げる人はほとんどいないでしょう。
しかし、高音は音の味覚的要素である倍音成分を多く含むので、これでは魅力を削ぐ
ことになってしまいます。
やはり、基本はトーンコントロールをオフにするか、フラットで聴けるような機器で
なければ本来の音楽がちゃんと鳴らないし、相対的に低音の量感増はスピーカーの
設置テクニックでどうにでもなる筈です。是非、お試しください。
(2007.10.17記)