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♪離れないで    1967.08
  作詞:橋本 淳 作曲:筒美京平 編曲:宮川 泰
  演奏:レオン・サンフォニエット

   

一般知名度 私的愛好度 音楽的評価 音響的美感
★★★★★ ★★★★★ ★★★★★

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この曲を語るに当たっては、なんと言っても、筒美京平さんの作曲である、と
いうことが最大の特徴になろうかと思います。
それも筒美京平ビッグバンの起きたその場、すなわち、宇宙の最初期の状態、
とてつもなく高い密度と温度の状態に立ち会っているようなものなのです。
この時点では、完全に無名の状況であったことは確実で、私も、この人誰?
と疑問符だらけのB面曲でした。

時期的には、弘田三枝子の「渚のうわさ」とほとんど同時期なのだろうと推定。
作曲やアレンジを始めたのは、青山学院の先輩で作詞家の橋本淳さんから
「やったらどう?」と誘われたことがきっかけ。ということであるし……。
すぎやまさんから、シングルのB面を「ちょっと、やってみるか」と言われて、
というエピソードが語られているので、極めて初期の作曲であろうと思います。

筒美京平さんに関しては、もっと他に大研究をされている方が居られるはずで、
この時代での、この曲が出来た経緯など、わかったら教えて欲しいと思います。
ヒット・メーカーだったので、ザ・ピーナッツの曲も手掛けたという状況では
なくて、無名だったのにザ・ピーナッツと関わったことが面白いところです。
マスコミなどの表舞台には登場されないので、写真も少ないのですがご自身の
サウンドをテーマにしたLP盤に載っていた若い時のものを添付しておきます。

筒美京平さんの作曲だから、きっとモダンな作品なのだろうと思うと大間違い。
100パーセントのピュアな歌謡曲なんですね、これが。
もちろん、宮川泰さんの編曲の影響もあろうかと思いますが、このメロディー
には、このアレンジが適切と思いますので、やはり歌謡曲風であることは確実。
ですから、なにも予備知識のない人に聞かせたら、筒美京平だとは気付かない
こと請け合いです。えっ! まさか? と驚くんじゃないかしら。

これは深読みし過ぎかも知れないけど、筒美京平さんはザ・ピーナッツの場合、
それまでとは違う歌謡曲にチャレンジしたらどうなのだろうと思ったのでは?
そうだとすると結果的には歌謡曲路線も後年実現しているので先駆者なのです。
A面の「恋のフーガ」がビッグヒットだっただけに、B面は添え物的になって
しまった感は否めませんが、作品そのものとしては私は大好きです。

特に、エミさん、ユミさんが、それぞれ8小節ずつソロで歌うところが魅力。
 ♪離れないでね 甘えていたい
  大人のくせに ガラスの靴が痛いわ
 ♪離れないでね あなたの肩を
  やさしく包む 女いろした その影
「大人」とか「女」という文字が成熟した女性の魅力を醸し出しているようで、
こういう節回しはエミさんの独壇場かと思いきや、ユミさんが凄く上達してて、
一段と切なく哀愁を帯びた歌声を聴かせるので、吃驚なのでありました。

これ、率直に言って、ザ・ピーナッツに似合ってると私は信じます。
必ずしも歌謡曲路線が不似合いだったとは思えません。
それが「素敵な曲」なのか、「つまらない曲」なのかの違いがあるだけだと思う。
そもそもザ・ピーナッツは○○○○歌手というレッテルやジャンルで区分出来る
存在ではないと思うのです。なんでもありで良いはずなのです。
だってモスラまで歌声で呼ぶのですから、狭い枠には収まらないに決まってる。
だから強いてジャンルを付ければ、ザ・ピーナッツ枠というジャンルなのです。

この「離れないで」の時期は、まだ良かったのですが、三十路に入ってからの
ザ・ピーナッツには大きなヒットがありませんでした。そりゃ無理ありません。
16年間もずっとヒット曲を出し続ける歌手なんてのは存在しないのですから。
ずっと(図々しく)やってるベテランと評される連中はゴミゴミと居ますけど。
私は歌謡曲路線なんかやったから、じゃないと思います。
そうじゃなくて、従来の素晴らしい歌を作るスタッフから変えたからだと思う。

変えることが、いつも良い結果になるとは思えない。
それまでが、超絶的に凄いスタッフだったということだろうと思います。
筒美京平さんレベルに変えるならば大いに意義はあったかも知れないけれども、
宮川泰、すぎやまこういち、岩谷時子、安井かずみ、なかにし礼さんの水準を
棄てたことに何の意味があったのだろうか。疑問符オンパレードです。
宮川泰、すぎやまこういち、岩谷時子、安井かずみ、なかにし礼のスタッフ陣が
ザ・ピーナッツのアイデンティではなかったのかしら?

この曲のように、冒険的なチャレンジ(無名の筒美京平の起用)はB面で行い、
基本路線は踏襲する方針が何故とれなかったのか。何か事情があったのかしら?
この筒美京平/宮川泰のハイブリッド作戦はとても素晴らしい。
音楽的なテクニックの面が図抜けているというのとは、ちょっと違う。
やってることはありきたりかも知れない。既存の要素しかないのかもしれない。
なんだけど……ハートの心情的な温もりが、うんと醸し出されているんだ。
良い作曲家、編曲家は、本当は、ここが違うんだと私は確信する。

今迄にない新しさだね。という面があることは、アーチストとしては鼻が高いと
思うし、ユニークな才能がもてはやされるかも知れない。
しかし、古臭い言い方をすると風雪に耐えて年月のフィルターを通過してもなお
聴いてみたいなあという曲こそが本物だろう。
その時期に流行ったかどうかなんて過去の出来事であって作り手の経済面の問題。
聴くのは自分。視聴者が選んだベスト100なんてものは、そもそも視聴者自体、
流行ったという他人の評価を二次的に追いかけているから自分の意志じゃない。

この「離れないで」を、ありきたりの歌謡曲風で面白くないと思う人がいてもいい。
だけど、私は大好きだ。この左右に振った弦楽器の旋律の対比はぞくぞくするし、
生ギターの爪弾きは、これっきゃない、これでなんか文句あるかという確信に満ち、
歌謡曲独特の世界にどっぷりと浸ることができる。実に納まりの良い流れだ。
こう言ってはなんだが、堂々たるB面曲なんである。B面にとても相応しい。
B面曲の美学というものがあるなら、これだろう。拍手だ!
(2008.01.10記)