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♪お星さま聞いて    1961.7放送
   作詞:岩谷時子 作・編曲:宮川泰
   演奏:シックス・ジョーズ
   

一般知名度 私的愛好度 音楽的評価 音響的美感
★★★★★ ★★★★★

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この曲の生まれた背景などについては、こちら↓を先にご覧下さい。
http://homepage.mac.com/infant/home/KICS1408.html

この歌はレコーディングされなかったのですが名曲だと思うし、宮川さんの作った
メロディーの中でも際立って素敵な曲だと思うのは私だけじゃないと思います。
まだ宮川先生がメジャーな作曲家じゃなかったとか、その時代の色々な都合があり
埋もれてしまっていたのでしょうし、ステレオ録音もされていないのは残念ですが
放送用の録音でもこのようにして残されていたことは奇跡というしかないでしょう。

自分がこの番組をしっかり聴くことが出来たのは短い期間でした。
ザ・ピーナッツのファンになって初めて番組の存在に気付いたのが昭和36年の夏。
それ以来、1年半くらいは毎日聴くことが出来ました。
ここでいう毎日というのは月曜日から土曜日のウィークデー6日間ということです。
CD添付冊子の週5日放送というコメントは誤っています。
ついでに書けば、上記の期間はスポンサーは明治製菓です。
ザ・ピーナッツの歌う明治チョコレートのCMソングまで含めてザ・ピーナッツの
番組でした。シャボン玉ホリデーの牛乳石鹸CMと同じで切り捨てられません。
ずっと後年に日本電気と新日本電気がスポンサーになったのでしょうが、提供枠と
いうものは当時はそんなに頻繁に変化するものじゃありませんでした。
CDの番組提供のスポンサー名も長期メインだった明治製菓の方が良いと思います。
そんなことはどうでもいいのですが、活字になって残ると気になるものです。
自分の記憶の歴史まで書き換えられてしまうような気がしちゃうからだと思います。

さて、せっかくの素敵な歌のレビューの書き出しに下世話なことを書いて雰囲気を
悪くしてしまいました。ごめんなさいです。
とにかく、こんな愛らしい歌はそうそうあるもんじゃないでしょう。
ディズニーの音楽とかチャイコフスキーの可憐な音楽の世界に相通じるでしょう。
アレンジャーとしての宮川さんの印象が強いかも知れませんが、やっぱり作曲家と
しての才能は際立っているように思います。
技術じゃない感情表現が素敵なので、教わったり教えたり出来ない天賦の個人的な
脳細胞が生み出したものであり、音符は天から降って来て授かったのでしょう。

自分でも不思議に感じたのは脳内の記憶と半世紀ぶりに耳にする歌そのものが全く
違和感なく一致してしまったことです。
脳というものはメモリースティックのように歌の隅々まで覚えているものなのだ。
そうとしか思えません。だって、テープレコーダーとかに記録したわけじゃなく、
一期一会的にラジオで覚えただけなんですからね。
それでも番組内でのリクエストで過去の今月の歌を流す場面もあったのでかなりの
回数は聴いたかも知れません。

CDのサーというノイズは元々のアナログテープに入ってるものなので取り除くと
いうことは出来ません。特定の周波数じゃないからです。
初めから入っていたわけじゃなく(そんなに酷い機材じゃないもの)繰り返して
プレイバックすると、どうしても磁気記録面にノイズが少しずつ上乗せされてきて
アナログですから次第に劣化することになりますが、それだけ再生した回数も多く
ラジオを聴く人々に愛好されたことの証でもあるのではないでしょうか。

先程触れた脳内音楽のことをもっと掘り下げてみたいと思います。
今年、音楽界でとんでもない事件がありました。
人気音楽プロデューサーの小室哲哉(49)が所有していない著作権を譲渡すると
偽って兵庫県内の投資家から5億円をだましとったという詐欺事件です。
そして、拘置所から保釈金3000万円で釈放されたのだが、その時の発言で、
「音楽が無い生活が辛かった」という意味のことを語っていたと記憶している。
さあ、そこで、その報道番組を見て、脳内音楽のテーマに私は結びついたんです。

宮川泰さんは著書の中で、ピアノもないしBGMの流れる喫茶店で作/編曲が出来、
レコーディングの最中にも次の仕事の譜面を書いていたと記しています。
そりゃもう特技のように車の中でも新幹線でも書いて写譜屋さんに渡したりもする。
つまり脳内で音楽が創造され整理整頓され楽譜が出来てしまったわけです。
モーツアルトの3大交響曲と称される交響曲第39番から41番「ジュピター」までの
交響曲は僅か6週間で完成させている。
シンフォニーの作曲とは言うまでもなく大編成オーケストラの編曲を行うことでも
あるわけで、あるテレビ番組では、単純に楽譜を書き写すだけでも、これくらいの
時間がかかるものだと紹介していた。これは一体どういうことでしょう。
すなわち、ピアノなんか試しに弾いたりしないかも知れないし、書き直しもしない、
つまり脳内ですっかり完成した音楽をスラスラと清書していたように推察出来る。

もっと極端なのは、ベートーベンさん。
なんたって耳が聴こえないんだから、頭の中で作るしかない。
音楽どころか音が聴こえなかったというのは伝説じゃなくて明らかな事実なんです。
オーケストラでたくさんの音がどのように響くのかも脳内で想像し創造したわけだ。
何を言いたいのか薄々感付かれたかとも思います。
つまり、小室哲哉って本物の才能は無いのと違うか? という疑問なんですよ。
拘置所の中なんて無音なんだから精神を集中させるのには最高の環境だと思います。
宮川泰。モーツアルト、ベートーベンは間違いなく作曲に挑んでいたはずで、音楽が
無い生活なんかじゃないだろうと思うのです。脳内に音楽が満ちているんだからね。

そんな特別な大音楽家でなくても脳内で音楽は奏でられるのです。私ですら出来る。
サラリーマン時代に電車で片道27分乗りっぱなしという時間を毎日過ごしていた。
東京方面へ向う通勤地獄コースとは逆方向なので毎日座れるのだが頭がヒマだった。
本などを読んでいると目が疲れるので、半分居眠りをしているか、頭の中で音楽を
鳴らすのを習慣にしていた。シンフォニーなど丁度良く終るのが多い。
ある日は全部は時間的に入らないので、ベルリオーズの幻想交響曲の第5楽章だけ
鳴らして手先で指揮するふりなんかをして没入していた。(危ない人だ)
そしたら物凄い大音響で金管楽器が咆哮しちゃったので思わず眼を見開いて周囲を
キョロキョロしてしまった。今のも頭の中だけだよなあ。ああ吃驚した。
そんなわけで私には携帯プレーヤーは要らないのです。頭にiPOD内蔵だから。

音楽の流れだけじゃなく音色とかスピーカーで鳴らした感じが記憶されています。
だから同じ曲でも何パターンかメモリされているようです。
私は音楽家じゃないけど、同様に無関係なヒットラーもベートーベンの全交響曲を
口笛で吹いていたという言い伝えもあり、音楽が脳内で蓄積され処理出来ることは
普通のことだと思います。これは絶対音感の能力などより普遍的なものでしょう。

ただ一度だけ聴けば覚えるなんてことは出来ないので、繰り返し繰り返ししながら
記憶されていくと思うのですが、この「お星さま聞いて」は細かなデティールまで
記憶と合致したので驚いています。
最後の「しああああああああわ〜せ〜よ」なんて、カデンツア風のところなんかも
バッチリこれこれという感じで、お〜お〜懐かしいなあ〜と感涙ものでした。
昔聴いたとか、どうのこうのじゃなく、初めて聴いたって良いと感じられると思う。
これ1曲だけでも、2000円以上の値打がある。
音質云々なんか言ったらバチが当るので、そういうことはこの際御法度であります。
(2008.12.31記)