ステレオ・ハイファイ製作読本(昭和37年5月10日発行)表紙 頂き物です/感謝。

「表紙を飾った、ピーナッツ」の記事中でも今回の掲示は異例なものになります。
「夕焼けのトランペット」のB面にカップリングされた「ローマの恋」の録音風景の
取材記事という珍しく興味をそそる内容になっています。
ご周知のように当サイトではオーディオ趣味も付属的に掲載しておりまして、まさに
趣向がぴったりという面があります。

記事中でズラッとならんだ録音機材に目をうばわれました、という記載が
あるのですが、現代の感覚からすればアマチュアでもデジタル機器を安く
入手出来るので、構成としては大変シンプルなものだったと思います。
現在のプロの録音機材は物凄いものなので比較しては気の毒なくらいです。

ここで気をつけなければならないのは、マルチ・チャンネル録音という表現です。
後年のマルチ・トラック録音とは全く意味が違います。
ここでは単に、7本のマイクを各々レベルを変えてミックス出来るというだけ。
マルチ・トラック録音ではないので歌も演奏も同時進行で録音するのです。
10数回も録り直したというのは、演奏者も一緒に10数回付き合うのです。
1970年代はマルチ・トラック録音が当り前になって歌だけを最後に何度も
取り直すという時代になったのですが、この時代は左右の2トラックしかないので
歌は別にというわけにはいかなかった。ザ・ピーナッツは何度も付き合うけれど、
美空ひばりさんは一回だけしか基本的に歌わなかったとか、周囲がお願いすると
なんとか2回くらいは嫌々歌ってくれたらしい。
歌は一発で良くても録音や演奏の瑕疵が絶対にないわけじゃないですからね。

なんか古臭いしロクな録音が出来なかったのではと思うのは慌て者の大きな間違い。
当時の定番輸入品のマイクロフォンの優秀さは現時点でも第一級品、
専用電源確保や温湿度の影響が大きいので扱いにくいだけで音質は美音そのもの。
物理特性云々じゃなく、高音になるほど感度が上がるなどのクセがあったりしても
プロなので、その特徴を上手く利用すると、この世のものではないような幻想的な
素晴らしい音にもなる。これは素人が安直に使えるマイクではなかったわけだ。
人間のザ・ピーナッツが天使のザ・ピーナッツになる。そういうものだ。

テープレコーダーにしてもそうだ。
デジタル時代になったからこそ国産の機器もトップクラスになったが当時の日本の
機器はアマチュアが録音して遊ぶ程度のオモチャに過ぎなかった。
ソニーだアカイだティアックだテクニクスだといっても所詮は猿真似で二流品だ。
アメリカのアンペックスやスイスのスチューダーには遥かに及ばないのだった。
だったという過去形でなく、アナログ録音機は現在でも位置付けは変わらないのだ。
テープ媒体も同じ、日本製など使う専門家はいないであろう。

日本人として悔しいが、とにかく歴史と資本が桁違いなのだ。
私が初めてハワイに行った時、フィルムを切らしたので、現地でむこうのを買った。
帰国してから現像して驚いた。全然、色彩が違うのだ。ハワイの色が出ていた。
このフィルムがコダックだった。日本ではまだ町の写真店では現像すら出来ない。
東洋現像所へ送らないとダメなのだったが、とにかく美しさは桁違い。
ハリウッドで鍛えられた品質は研究投資の面でも日本じゃかなわなかったわけだ。
録音機だって同じであろう。映画全盛時に技術を蓄積したに違いない。

アナログテープレコーダーはやがて、24トラックの録音が出来るようになったし、
デジタルテープレコーダーになると、48トラックの録音が可能となったために、
歌声だけでも10トラックも入れられるので、いいとこ取り編集も簡単に出来る。
現在に至ってはハードディスク・レコーディングが全盛なので便利快適この上ない。
しかし、この「ローマの恋」にはどこかピュアな美音が凝縮している。
後でミックスダウン合成される2チャンネルじゃない産地直送的な良さがある。
ニュアンスの問題なので些細な違いであるが、これならでの特徴があることは疑う
余地もない事実ではなかろうか。

一同に会して一緒に演奏する。これが音楽の本道じゃなかろうか。
クラシックの録音はこれっきゃない。ソロだけ後で録る協奏曲なんて存在しない。
阿吽の呼吸が音楽の楽しみだ。演る方も聴く方も。
歌い手と顔を合わせたこともないスタジオミュージシャンも居るんじゃないかな。
それどころか、ギタリストと合った事がないドラマーとか。(笑)
何回も繰り返して上手くいったとき、ありがとうございました。お疲れさま、と、
声をかけあって、またやりたいね、と思って別れる方が人間のお仕事だろう。
ザ・ピーナッツの伴奏をしたという思い出もここにはあるんです。

ピアノA=東海林修、ピアノB=森岡賢一郎、ハモンドオルガン=宮川泰という
ナベプロ三大アレンジャー夢の共演という記念碑的な録音でもありますね。
宮川泰アンサンブルというのは、宮川さんが、頼むよぅ、とお願いした集団かな?

更におまけです。なかなか良い記事があったので……

ここに書いてあるのはオーディオの基礎知識。
昔のオーディオ雑誌にはこういう類いの記事が多く、今よりレベルが高い
ような気もするし、基本というものは常に大事だということがわかる。
単位がサイクルというのも時代を感じさせるがヘルツより適切なのかも。
最後のデシベル早見グラフなんかは、なかなかスグレモノと思う。

10倍増えると10デシベル増加するのである。これで色々と考えると、
レコードのS/N比は60デシベルくらいだと思う。
つまり、信号=音楽は雑音の10万倍ということになる、けっこう凄い。
CDのS/N比は100デシベルだから、100億倍。雑音聴こえない。
SACDのS/N比は120デシベルだから、1兆倍。雑音皆無?。
人間の感覚ではレコード並でも十分なんじゃなかろうか?

文中に、スピーカーの能率は98db/wのものを推奨するとあったが、
古いJBLやアルティックの大型でないと、現代じゃ、これは難しい。
今、市販されているスピーカーは、85〜88db/wくらいが普通。
同じアンプなら、出る音量は1割を切るレベルしか出ないのである。
この雑誌が出た時期は、10ワット程度のアンプを自作したりした時代。
今じゃ、100ワット出力なんて簡単に出来るから高能率のスピーカー
じゃなくても充分に鳴らせるのだ。
でも、敏感な高能率スピーカーでないと鳴らない音もあるという説も。

デシベルというのは簡単にいうと対数なのである。
これが不思議と人間の感覚にフィットする。人間は対数で感じるんだ!
だから、倍くらいに音を大きく鳴らした時は、実際の音量は10倍出て
いると思った方がいいということだね。
自分のカートリッジに付いていたメーカー実測グラフを見ると、出力が
左右で、6%ほど違う。でも全く同じ音量にしか聴こえない。
この程度は人間が検知できないというわけか。

最後に、おまけのおまけ。

ザ・ピーナッツのCDのマスタリングを行っているキング関口台スタジオを
ネットで眺めていたら……。
おお! なんと、タンノイ三姉妹が揃ってモニタースピーカーになっている。
タンノイ美学でずっとザ・ピーナッツのレコードを聴いていたのですが……。
まんざら悪趣味でもなく、妥当そのものだった。正解でもあったわけだ。
キング・レコードをもっと応援したくなったぞ。(笑)

おまけのおまけのおまけ ↓ 「ローマの恋」の録音に使っていたテープレコーダー写真を見つけました。

当然なんですが、この時代はオール真空管なのであります。


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