すっかりお馴染みになった「おかゆコント」

シャボン玉ホリデー”スターダストをもう一度”記事↓↓↓

シャボン玉ホリデーも5年目。同じ出演者で同じ構成でコントも定番化しつつあった。
このような状態を一般世間ではマンネリ化というのであろう。
マンネリとは、型に嵌まる、新しさに欠ける、生気がない、新鮮味がない、惰性的、
因習的など、悪い評価を与える時に使われる表現である。
世の中に「孤島漫画」というジャンルがあるのをご存知だろうか?
これぞマンネリの極みとも言えるが、与えられたsituation下で、どのような展開が
可能なのかに挑戦するところに作家の手腕が発揮されるのである。
このように「おかゆコント」を観ることは知的好奇心を満足させられるのである。

しかしながら、同じ状況を繰り返すことだけを単純に手抜きだとか感じる知的でない
愚衆が多く、ほぼ国民の80%を占めていたと推察する。
これはシャボン玉ホリデーの全盛時であっても、視聴率20%程度であったことから
私が勝手に思い浮かべた数値であります。
各界のクリエーター100人に「もう一度見たいテレビ番組は」というアンケートを
とった記事が「週刊宝石」(今はない)に掲載されたが、シャボン玉が第一位だった。
率直にいって「センスの良い人」が夢中になって見た番組だったのである。

16年10ヶ月間のザ・ピーナッツの芸能活動もこの状況と極めて似ている。
長い活動履歴ではあっても、ザ・ピーナッツの歌手としてのアイデンティは変化せず、
さよならコンサートで「可愛い花」を歌っても少しの違和感も感じられなかった。
長い歌手活動の中で色んなジャンルの楽曲を歌っていたが全てにザ・ピーナッツ色を
感じさせ、その付加価値は絶大であったと私は信じて疑わない。
これをマンネリというならば、マンネリ=最高の褒め言葉と理解したいほどである。
そもそもがマンネリ作品の代名詞ともいえる「男はつらいよ」シリーズを皆同じだと
いって観ないような人は大変に気の毒な人間であると断定したい。
この作品には人が忘れてはならない重要なものの考え方がたくさん盛り込まれている。
人間とは日本人とは、これなんだという多くの示唆が含まれているのだ。

↑↑↑ 珍しいプール・サイドでの番組収録。
憎まれ役の青島幸男さんが重りを背負わされてプールへ投げ込まれるシーン。
皆さん若くてお腹の出ている人などいないようです。
ザ・ピーナッツも水着で出るので、朝ご飯抜きでお腹が出ないようにしたとか。

↑↑↑達者な踊りを見せるピーナッツ。左端には土居甫さんが写っています。

↑↑↑これもお馴染みとなった「ハラホロヒレハレ」。一同ズッコケの場。

↑↑↑左はドリフの少年少女合唱隊を予知するような風景。↑↑↑右は音楽系コント、寺内タケシが準レギュラー風に参加していた。

↑↑↑超絶的な人気の植木さんと、谷さん。      ↑↑↑たまには二枚目の線で……植木さんの歌唱力は第一級品です。

↑↑↑ 200回放送を迎えたシャボン玉のゲストは伊東ゆかりさんでした。

また来週までさようなら……画面からピーナッツの姿がフレームアウトする時は切ない気分でした。


↑↑↑クレイジー・ソングも健闘中。

↑↑↑ザ・ピーナッツのレコード・リリースもラッシュが続いています。


前回の宮川泰さんに引き続き、シャボン玉ホリデーの優秀なスタッフをご紹介しましょう。

今回は、音響ミキサーの小泉準之助さんの登場です。

日テレのそばに麹町スタジオという小さな録音スタジオがありましてね。あらかじめ
そこで音楽を録っておくわけです。

 狭いテレビスタジオのなかで歌ったり踊ったりするには、マイクを立てたままでは
 じゃまになる。このため、先に音楽を録っておいて、それに合わせて歌手に口を
 パクパクさせて動きをつける「プレスコ(prescoring)をシャボン玉ホリデーでは
 採用した。欧米では演出の一つの方法として一般的に存在していたようだったが、
 シャボン玉では極めて日本的な状況から生まれた苦肉のアイディアであった。

 シャボン玉ホリデーで苦労をしたのは、最後に歌う歌ですね。歌は当日、本番前に
録るんですよ。飛行館スタジオや麹町のスタジオでね。まず、音楽録りをしておいて、
スタジオ入りした順番に何人かに歌ってもらって、それにまた次のグループの歌を重
ね、また重ねるというふうに、四、五回に分けて録る。それが一番大変でしたね。
 バランスとか音色とかを全部、分からないように動かさなきゃいけない。音質を劣
化させないようにするのが大変なのです。その頃イコライザーなんかありませんから、
まずハイ回しに録る。ハイとローを上げて「ドンシャリ」にして録っちゃう。そうす
れば何回かこすっていくうちに、だんだん平らになってきちゃいますからね。

 テープに録音を繰り返すと、テープに固有の「ヒスノイズ」と呼ばれるノイズが増
 えてくる。音声と一緒にノイズが別のテープに録音され、蓄積されていくためです。
 と同時に、録音・再生ヘッドにこすられてテープに塗られた磁性体がはがれていく。
 そのせいで、中音域にエネルギーが集中した音質になってゆきます。この問題から
 逃げるために、当時のそれほど優れているとはいえない調整卓で、高域と低域を意
 図的に増幅した録音をした。つまり、「ドンシャリ」にして録るわけです。録音を
 重ねているうちに、高域・低域成分が失われてしまうことを前提とした補正をする
 わけです。

当時、バラエティを担当していたディレクターは音楽をやっていた人が多く、音程が
狂うと若い歌手を怒鳴りつけたという。秋元(近史)はヨーデルのウイリー沖山のバ
ンドでビブラフォンを、齋藤(太朗)は学生時代、編曲や作曲をしていたし(実際に
ザ・ピーナッツの”二人だけの夜”を作曲している)、小泉も高校時代、ハーモニカ
バンドを作って明治大学マンドリン・クラブと合同演奏会を開いたことがあるほどの
腕前である、

シャボン玉にはいろいろなタレントがたくさん出ていたけど、本番前には皆と一緒に
なって遊んでいましたね。友達になっちゃう。酒飲みに行くだけじゃなくて、いろい
ろな話をしました。音はどうだ、歌はどうだとか、「お前の歌、あそこは下手だぞ」
とかね。こういう話は、まじめなときにはいえない。こういうときじゃないとね。
「お前はキーが合わないから、もっと練習してこい」とかね。それはディレクターだ
けではなく、僕たちもいいました。
でも、今のディレクターはそれがいえない。下手くそで音程が悪いのにね。プロデュ
ーサーは、まずいわないしね。
「今は、音楽事務所が力を持ちすぎていますから」
「そうそう。今はそんなこというと、いった方がクビになりそうだからね」
舞台や放送の現場にいる音響技術者たちの苛立ちが伝わってくるような気がする。

「シャボン玉ホリデー」は、やっていて面白かったですよ。もちろん、トーク自体も
面白い。ギャグの集まりですからね。やっぱり、ギャグそのものが面白くなきゃいけ
ないから、ギャグがよく分かるように音を出す。メリハリをつけてね。植木等さんな
んかは、リハーサルのたびに落ちが違いますからね。ここで落ちが入るはず……って
のが入らなかったり、ずっこけたりしてね。だから、本番のときにギャグが違っちゃ
う場合があるんですよ。
 もう一つ注意したのは歌ですね。歌がトークの合間に入ってくる。息抜きみたいな
ものですからね。だから、歌で華やかな感じを出すんです。……本当に面白かった。
自分が描いた通りになっていくのが面白かったですね。

この仕事を目差す後輩たちへのアドバイス……
とどのつまり、音を出すのは人間、音を録るのも人間なんだから、コミニュケーショ
ンをよくとりなさいよ。音を録るために、もちろんマイクも大事だけれど、その前に
大事なのがコミニュケーションだよ。
コミニュケーションがうまくいってれば、黙ってマイクをセッティングしておいても、
ミュージシャンやタレントなら、ちゃんとマイクの方向に合わせてくれるし、気をき
かせて位置を直してくれることもあるよ。そこまで出演者といい関係をつくることが
できなければミキサー失格だよ。コミニュケーションをよくするためなら、頭はいく
らでも下げなさい。減りはしないんだからね。