■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■
♪恋のバカンス 1963.04
VACANCE DE L'MOUR
作詞:岩谷時子 作曲:宮川泰 編曲:宮川泰
演奏:松宮庄一郎とシックス・ジョーズ・ウイズ・ブラスセクション
(男声バック・コーラス付き)
録音:1963.02.05 文京公会堂
一般知名度 | 私的愛好度 | 音楽的評価 | 音響的美感 |
★★★★★ | ★★★★★ | ★★★★★ | ★★★★★ |
■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■
随想連載もいよいよビッグ・ヒット曲の登場でますます気合が入ります。
これはもう日本人なら知らない人を数えた方が早いくらいの大ヒット曲です。
わかりやすいメロディーに、覚えやすい詩。かっこいいアレンジ。
これにザ・ピーナッツのパンチの効いた、それでいて美しい歌声。
何度聴いても飽きがこないような、これこそ日本のスタンダードナンバーです。
日本だけじゃなく、どういうわけかロシアでも大流行したらしい。
初めてこのレコードを耳にした時、なんでこんなにムキになって歌ってるんだろ、
なんでこんなに演奏がいきなり力演しちゃってるんだろうと驚きました。
この録音はスタジオで整然と録っているという感じじゃないのです。ナマ録みたい。
もちろんライブ・レコーディングじゃないのですが、この凄まじいノリは異常です。
一発録音の凄みですね。こういうのは今後一切出て来ない世界じゃなかろうか。
録音ピークメーターは恐らくレッド・レンジにビンビン入っちゃてる感じですし、
実際、2ケ所くらいが瞬間的にテープ上で飽和しちゃったようにも聴こえます。
何時聴いても、何度聴いても、時代・世代を超えて、これは気持ちがいい歌です。
その秘密は、やはりこのレコーディングの場の熱気にあると思うのです。
歌い手とバンドが演奏を共有しているからこそ、お互いに一体化した音楽が出来る。
こういう一定テンポの楽曲は別々に録っても合わせやすいからそれでもいいのだけど、
このワ〜ッとくる気迫のようなものは生じないでしょう。
録音したその場では、これ受けてたでしょうね。やったぜベイビー!てなもんで。
なんでいきなり、こんな熱演が出来てしまったのか、つらつら思うには、この曲は
オリジナルなので本邦初録音なのは当たり前なのですが、バンドにとっては、これ、
いつもやっているビックバンドジャズのノリと何ら変わりないのじゃないでしょうか。
初めて演るような気がしないような、最初からノレるような、そういう面がある。
ザ・ピーナッツにしても、どこかあの名曲「素敵なあなた」の変奏曲のような感覚は
とても馴染みやすかったのではなかったかと思うのです。
この年のレコード大賞編曲賞を授与された事で、名アレンジなのではありましょうが、
多分、宮川先生は特に苦労もなく、スラスラと出来た譜面じゃないかと思うのです。
先生にとっては、何の変哲もない構成であって、これ普通なんだろうと思うのです。
ジャズの常識から外れない、ごく当たり前という編み方をしたのだとも思うのです。
だが、しかし、振り返って見れば、こういうの無いのですね。これは不思議なんです。
ジャズ風歌謡曲ってある筈なのですが、ここまで徹し切れていないのです。
何の照れもなく、ごくごく自然にこうやってジャズそのものにしちゃうところが凄い。
「恋のバカンス」という曲は、宮川先生は3種ほど作られたそうで、ミーティングで
渡辺晋さんに「フォー・ビートのベースに変えてやったらどうだ」とか言われて、
出来たのが現在のアレンジとのことですが、ロッカ・バラード風のもあったようです。
そのナベ晋さんが社長業に専念するためバンド・リーダーを降りてすぐの録音なので、
松宮庄一郎とシックス・ジョーズという名前がジャケットに初登場したのもこの曲。
ジャケット表記では「ウイズ・ストリングス」となってはいますが、弦は入ってない。
ブラスアンサンブルとかが正しいので「ウイズ・ホーンセクション」にしてみました。
男声コーラスは表記なしですが、恐らく、ブライト・リズム・ボーイズでしょうね。
さて、その松宮さんのギターも大活躍します。右チャンネルでオブリガートを付け、
すぐ左チャンネルではリズムを刻んでます。勿論、コンソールでのスイッチングです。
右のトローンボーン隊と左のトランペット隊の迫力ある掛け合い間奏も聞きものです。
いや〜っブラスっていいものですね〜。すぐ終わってしまうのが惜しいほどですよ。
それに、このドラムがいい。今時、新作CDでこういう音はもう聴けないよ。
あの電子音のドラムは好きじゃない。ミニ・コンポ向きだね、ああいうのは。
「たまに使うのなら」いいと思うけど、CD全部あれってのはどうかと思います。
この原始的なガッツ。こうでなきゃ人間の叩くドラムを聴いた感じがしない。
叩いているご本人は変わった音で面白いし、実力以上の多彩さが生まれて麻薬的に
のめりこむ感じだとは思うけど、聴く方は、高いお金でコンサート行ったり、CDを
買うのだから、本来の本物の響きを聴かせて欲しいものです。
電子音やサンプリング音を使うと単調になるんですよ。よほど細かく手を入れないと
クローン行列を私の耳は拒絶してしまいます。人の耳をナメてはいけません。
ちょっと聴きには音が充満して良いものが出来たように錯覚するのですが、繰り返し
聴くのには耐えられない面があります。使い捨て音楽が狙いならば構いませんが。
「恋のバカンス」の歌い継ぎバージョンが色んな歌手で忘れた頃に再燃するのですが、
電子音抜きでという意思の継承でのチャレンジもして欲しいものだと思います。
さて、時代的背景についても考えてみましょう。
恋のバカンス以前は「バカンス」というフランス語は日本で馴染みがない言葉でした。
渡辺プロというのは企業や団体の総合的なキャンペーンにも参画していました。
ピーナッツの「プリンセス」という曲の歌詞に
♪バカンス・ルックのプリンセス
♪若さで行こう バカンス・ルック
♪若い季節だ さあバカンス・ルックで
とまあ、露骨な程に「バカンス・ルック」という東レのサマーウエア商品名が登場。
このことからも、東レの企業戦略での「レジャー」に変わるキャッチ・フレーズの
流行を作り出す、いわば、恋のバカンスは一種のCMソングだったと言えると思う。
「馬鹿んす」と聞こえるので、私は、ダメだこりゃ、と思っていましたが、(笑)
ヒットが怪しくなったなと感じた途端、カテリーナ・バレンテさんまで呼んじゃって、
わっと盛り上げてしまい。そのパワーは凄いと思ったし、流行らせてしまいました。
いい歌でも、とにかく大衆に何度も聴いてもらわないことには流行りません。
特にこういうもろジャズの歌が受けたのは強力なバックアップがあったからと思う。
これにはナベプロって凄いものだと驚いた記憶があります。
「バカンスという流行語にのって、大ヒットした..」なんて書いてあると、おいおい、
それは大変な間違いで、恋のバカンスが流行語を作ったのだと教えたくなります。
だって、これ事実なんだものね。これだけは身贔屓で言ってるわけじゃないからね。
ところで、レコード・ジャケットの歌詞は、実際の歌と全然違っています。
如何に大急ぎでキャンペーンに間に合わせる努力をしたかが伺い知れます。
面白いことに、歌詞に、1番と2番があるのです。
1 ためいきの出るような あなたのくちづけに
甘い恋を夢見る 乙女ごころよ
銀色に輝く 熱い砂の上で 裸で恋をしよう 人魚のように
貝殻の首飾り あなたがつけてくれた
なつかしい海辺よ ためいきが出ちゃうわ
ああ 恋のよろこびに バラ色の月日よ
はじめて くちづけした 恋のバカンス
2 青い波の歌に つつまれて
皆んなで 裸で恋をしよう 人魚のように
陽にやけた ほほ寄せて ささやいた約束は
二人だけの秘めごと ためいきが出ちゃうわ
ああ 恋のよろこびに バラ色の月日よ
はじめて あなたを見た 恋のバカンス
これを現在歌われている覚え易い簡潔な歌詞に凝縮させたということがわかります。
あまり多くを語らない方がいいということを昔の人は良くわかっていたのでしょう。
それにしても、ここまでギリギリで間に合わせたにしては完成度が非常に高いです。
「ウナ・セラ・ディ東京」や「可愛い花」「情熱の花」「明日になれば」などなどで、
それはそれは多くのお色直しの再編曲を繰り返した宮川先生とピーナッツなのですが、
この「恋のバカンス」と「恋のフーガ」は初回の一回こっきりでした。
もうこれ以上、何もすることはない、という完璧なものが出来たからだと思います。
(2003.12.13記)
東洋書店発行の「黒い瞳から百万本のバラまで(ロシア愛唱歌集)」という本で
<ロシア語でも歌われる日本の歌「恋のバカンス」>という項が設けられており、
そこで>>幻のザ・ピーナッツ「恋のバカンス」ロシア語版の全貌が明らかに!
というキャッチ・コピーの実体が紹介されておりました。
そのまま引用するのは出版物なので問題ですから、私風の言い回しで書きます。
お手柄だったその人は、当時(ソ連時代です)国営放送局の日本特派員だった
ウラジーミル・ツヴェートフさんという方で日本文化にも詳しい人でした。
彼は「恋のバカンス」が相当お気に入りだったようで、特派員報告で紹介したり、
休暇や出張で帰国するたびに、スーベニール東京とばかりに? モスクワの
テレビ・ラジオの担当部署にザ・ピーナッツのテープを持ち込んで薦め回り、
自分で作詞までしちゃって、ロシア版のレコード作りまで実現させちゃった。
これだけ気に入って頂けるとザ・ピーナッツも歌った甲斐があったというもの。
なんか気に入ったら自分達のものにしてしまうお国柄なのか、色んな種類の
歌詞が派生的にあるらしく、面白いのは、ザ・ピーナッツのは間奏のあとは
サビの部分からの繰返しになるのに、ロシア版は頭から全部2コーラス分を
歌うので歌詞が二番まであること。
これは図らずも岩谷時子さんのオリジナルの詩と同じ構成なんですね。面白い。
詩の大意は、
「蒼い海のそばに、あなたと私。空には太陽が輝き、カモメが輪を描いて舞い
飛びながら、空と海のように仲良しの私たち二人を祝福してくれる」以下略
というような感じなので、元の詩のイメージとはかけ離れてはいません。
「上を向いて歩こう」が「スキヤキ」となるのとは違います。
やはり、日本通の人が作詞しただけにその辺は的確のようです。
「カニークリ リュブヴィー」(恋のバカンス)というロシアの歌だと信じて
日本の歌だというルーツも薄らぐほどすっかり馴染んで親しまれているらしく、
一方、音楽関係者は「ミヤガワ」という作曲家を忘れないという面もあります。
それだけ一般化したためにロシアでは大ヒットした映画の主題歌にも使われて
ますます広まったこともあり、「シーネヴァ・モーニャ(青い海で)」という
別名もあるようです。
(2005.02.16追記)