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♪チャッキリ・チャ・チャ・チャ  1959.06
  <ちゃっきり節より>
   作詞:北原白秋 作曲:町田嘉章 編曲:宮川泰
   演奏:見砂直照と東京キューバン・ボーズ
   録音:1959.05.09
    

一般知名度 私的愛好度 音楽的評価 音響的美感
★★★★ ★★★★★ ★★★★★ ★★★★

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これは理屈じゃないんだけど、この歌が妙に好きなんです。
今迄は、同じ曲であれば、レコード随想では一括していましたが、ちゃっきり節とは
また違うように思えるので、別々に書く事にします。
また、過去、一括していた曲(例えば東京たそがれとウナ・セラ・ディ東京)なども
いずれ、改めて書き直そうと思っています。

 可愛い花/南京豆売り
 キサス、キサス/チャッキリ、チャ・チャ・チャ
 情熱の花/米山さんから
 乙女の祈り/ばってん ばってん ばってんてん
という順にシングル盤が出たわけですが、この辺はまだリアルタイムで買ったのでは
ないという面もあって、何故か、この中では、チャッキリ、チャ・チャ・チャが好き。

当時は、有能で将来が期待されるジャズ・シンガーに民謡を歌わせる意味がなかろう、
という音楽評論家の意見もあったようで、確かにそういう考え方もあるのでしょうが、
まだまだ当時の日本人の平均的な感覚は民謡の方が身近であって、私も子供のくせに、
このような楽曲の方が率直に分かりやすかったと思うのです。
曲自体はけっしてかっこいいものじゃないのだけれど原曲の民謡を耳にしているから、
このラテン・リズムとお囃子の部分の変わり様が斬新で面白かったのでした。

「栴檀は双葉より芳し」とか申します。とにかく始めっから凄いということです。
既に宮川先生は双葉でもなかったのかも知れないけど、アレンジャーの腕前としては
まだ世間的には高評価というわけではなかったように思いますが、この編曲からして、
もう抜群のセンスだと私は思うのです。
何時の時点でこのようなフルバンドの楽器編成を効果的に鳴らす腕前を身につけたの
でしょう。ザ・ピーナッツのトレーナーの才能以上に興味深いのです。

ザ・ヒット・パレードのテレビ番組を始める際に、椙山浩一さんが自分でテーマ曲を
作ってしまう逸話がありますが、その際に、宮川さんにフル・バンドでの編曲技法を
教わりに行ったわけですが、音楽学校出身者であれば「管弦楽法」という教科でそれ
を学ぶわけで、具体的に宮川さんはアルトサックスの音域はここまでで実用的なのは
このあたりとか、移調楽器だから譜面にはこう書き表わすとか教えてあげたらしい。
宮川先生は自書などで、オレ、人が良すぎる、凄いのを作られてしまって困った、と
書かれていましたが、内心は嬉しかったかも知れません。
とにかく重要なのは、既に人に教えられるほどのレベルであったことでしょう。

フルバンド用のアレンジが出来る出来ないという話であれば楽典教育のことですから、
これは学校なりに行って教われば一応は出来るようにはなります。
ただ、そこには上手、下手があるのであって、出来るから仕事人として認められると
いうことじゃない。歌えるから歌手になれるというわけではないのと同じこと。
こんなに聴いて楽しくなるアレンジは宮川さんでなくては出来ないことです。
聴いて楽しいだけじゃない。これは演奏する人も楽しめるという楽譜です。

トランペット4人とトロンボーン4人に、なんとバックコーラスを担当させています。
えっ、そんなことがどこに書いてあるかって、書いてなくてもそうなんだから仕方が
ないでしょ。耳と脳味噌はそのために人間に付いている。状況的にそうなのです。
日本軍による沖縄住民への集団自決命令文書が残っていないから、裏付けのない事は
事実として認定出来ない、という屁理屈がまかり通るようでは世も末なのです。
この件で、もし学術的論争(笑)にでもなれば、先生の奥様が大切に保存されている
楽譜が立派な証拠となるに違いありません。
そこにはちゃんと「ちゃっきり、ちゃっきり、ちゃっきりな」と合の手が書き込まれ
ているに決まっています。それがないとバンドは困るんです。

金管楽器の8名はちょっと忙しいのではありますが、面白いことは嫌がりませんよ。
サックス隊の5名も参加したいけど、こっちは吹かなくてはならないところなので、
これは出来ません。その代わり、ビブラート奏法を駆使する場面があって楽しい。
マイクロフォンはラッパが鳴る音のレベルの強さを意識して置いてあるわけなので、
臨時コーラスの8人はけっこう大きな声で、ちゃっきりな、と歌ったのでしょう。
録音は吸音処理の施されたスタジオのようです。ライブ感より明晰さを狙ってます。
翌年くらいからステレオ録音が始まると、あえてスタジオを飛び出してホールでの
録音になったようですが、モノラル録音なので個々の楽器の音の解像度を重視しての
収録となっているように感じます。SP盤も同時発売なのでなおさらでしょう。

ザ・ピーナッツを専属に欲しがったのはビクターと東芝レコードだったそうですが、
結果としてキング・レコードに決まったのは大正解だったように思います。
このレコードはモノラル録音ですが、月影のナポリ/白鳥の恋からはステレオ録音に
移行しています。1960年(昭和35年)8月という極めて早い時期でした。
ビクターレコードはステレオ録音には消極的(他ジャンルは知らぬが流行歌では)で
あって一般家庭への普及を待ってからですから、今となっては古臭い音なのです。
東芝も同じで、ザ・ピーナッツと競合した森山加代子や弘田三枝子のポピュラー曲は
殆どがモノラル録音でつまらないし、演奏も下手とまでは言わないが魅力が無い。
それでもノリノリで聴けるのは歌手が上手いからだという逆説的な評価も出来る。

このチャッキリ、チャ・チャ・チャでは演奏に東京キューバンボーイズを起用したが、
チャ・チャ・チャのリズムでの演奏ではまず国内最高の楽団であることは間違い無く、
ザ・ピーナッツの録音に関しては以後もずっと最大の配慮がとられている。
最高の演奏陣で最高の技術で収録するという方針は揺るぎないものだったと思われる。
繰返すが、そんなことを記述した文書は残されていない。音が記録されているだけだ。
しかし、その音から、この程度のことが類推出来ないようでは音楽を聴く値打が無い。
資料だけを追いかけ、ここに証拠があるからという発想は考えることを放棄している。
音楽は耳だけではなく頭も使って聴くものだ。

以上、書き連ねてきたことは二次的で頭でっかちな雑学要素ではある。
そんなことは忘れて、素直に聴いていればよい。
しかし、映画を見て、ただ良かっただけではなく、監督がこだわったのはどこだった
のだろうか、とか、脚本のどこが秀逸だったか、とか、カメラマンのテクニックや、
美術全般、そして音楽についてなど、色々と観察することで楽しみも幾層倍になる。
映画は総合芸術なのだ。ザ・ピーナッツのレコードも同じなのである。
(2007.10.12記)