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あまりにも有名な伝説の音楽バラエティ・テレビ番組だったシャボン玉ホリデー。
第一回放送は、昭和36年(1961年) 6月4日。
最終回放送は、昭和47年(1972年)10月1日。
平均視聴率は、20%ということですから、お化け番組のように圧倒的な大衆の
支持や人気があった番組とは言えないと思います。           

センスの良さが持ち味の番組でしたから、一億総白痴化と称された低俗な番組の
中にあって、まるで映画作りのような密度の高い作りは際立っておりましたし、
スタッフ・出演者の熱気がこれほど醸し出されていた番組は希有のものでしょう。

たまたまザ・ピーナッツ・ファンであったために、全回の放送を見逃すことなく、
誕生から終焉まで見届けることが出来ました。              
一回も見逃さないということは、かなりの困難さで想像を絶する面がありました。
ハイキング、サイクリング、旅行など途中から先に帰宅したこともしばしばあり、
夕刻までに帰れない行事は初めから不参加で通しましたし、彼女もいないため、
デートもなく、幸い肉親や親戚・知人の葬儀なども無かったのです。   

全部見たからといって全部覚えているわけではありませんが、全部忘れたという
こともありません。断片的な記憶は残っています。            
思い出せる範囲で思い付いた時に気ままに書き出していきたいと思います。
還暦を過ぎた人間の記憶ですから、いい加減なので、その点はお許し下さい。


シャボン玉ホリデーの基礎知識

この番組は「伝説の……」と称されるように、大昔の放送であるため、色々な
誤った認識も伝承されている面があります。当時の人でもそれは見られます。
そこで、これだけは基本的な知識であろうという幾つかを列挙しておきます。

1.カラー放送であった。

 第1回放送から最終592回放送まで全てカラー放送でありました。
 当時はカラーテレビは大変な高価であり、家庭に普及していなかったため、
 カラーで見た記憶のある人は一部に限られていますので、モノクロ放送と
 思っていた人が多いのは当然です。私は知人宅で三回カラーで見ました。

2.生放送ではなかった。

 先行して放送が始まっていた、フジ・テレビの「ザ・ヒット・パレード」や
 NHKテレビの「夢で逢いましょう」が生放送であったために、この番組も
 同様と思われている方が非常に多いが、こちらは録画方式で作られました。
 録画構成であることが、この番組の緻密さ、スピード感を生んでいます。
 また、日曜日の午後6時半というのは(週休2日制の以前でもあり)大事な
 稼ぎ時。ステージでお客様を相手にするべき時間帯です。スタジオに居ては
 お金になりません。生放送じゃないのはこの点からも当然の帰結。

3.当時の録画テープは残っていない。

 半導体技術、集積回路技術、デジタル処理、コンピュータ処理など未発達で
 一般家庭用のビデオ録画機器も実験段階であり、民生用の普及がなによりも
 技術向上とコストダウンに直結するため、この時点では完全にプロ用機材。
 テレビカメラだってまだ感度が低いので怪物のような大きさでありながらも
 強烈な照明下でないと写せませんし、カラーの場合三原色分解が必要なので
 更に三倍の光量が必須であり、スタジオは炎天下のようだったそうです。

 左の写真のような幅の広い(24ミリ、48ミリ)包帯のような磁気テープを
 高速で回さないとカラー映像という高密度情報を記録出来ない時代でした。
 このような特殊な磁気テープは製造も困難であろうし、大量生産ベースでは
 ないために、一本50万円という途方もない価格であったのです。
 これは番組制作費にも相当し、私の当時の初任給の25倍でもあったのです。
 したがって、録画テープは使い回ししなければ採算がとれません。
 上書きで再び録画されるので、永久保存されることはなかった時代です。

 それでも、シャボン玉ホリデーの映像の一部(5回程度)は残っています。
 これらは、キネコという手法で録画ビデオから16ミリフィルムに変換記録を
 行ったものですが、1分間=1万円かかったそうです。
 クレージー・キャッツのメンバーが個人の記念で自己負担で作ったようです。
 また、録画テープ間のダビングで残ったものもあるようです。
 これらは画質は落ちますし、カラーのままというのも困難でもあったでしょう。
 このような時代背景は十分に考慮する必要があるのです。
 決して「つまらない番組だから録画なんか残っていない」のではありません。

4.録画とはいえ、編集なしで作られた

 テープ媒体というのはシーケンシャル記録であり、ランダムに加工出来ません。
 追加、追加という形式でしか記録出来ないわけです。
 生放送と同じ感覚で収録したというコメントが残されていますが、テープ走行は
 止めることが出来るので、シーン毎に休止が当然入ります。連続30分間という
 わけではありません。これもちょっと誤解されています。

 追記録画ですから、後で前の方でアクシデントが見つかった場合はそこから再度
 録り直ししなければならず、実際にもそういうことがあったらしく、植木等さんが
 「そんなの、ありぃ」と言ったとか。
 6時半の放映なんですが、実際の収録は出演者全員のスケジュールが空いている
 深夜に行われたので、そんな事件が起きたら、明け方までかかったそうです。

 編集が全く出来ないのか、というと、それは、やろうとすれば出来るのです。
 但し、物理的にテープを切って繋ぐので、3万円というコストがかかります。
 しかも、無事に繋がって再生が出来るか確証を得るまで、出演者は帰れません。
 それに切って補修テープで接着したような媒体は耐久面で危険です。
 そんな媒体はプロは2度と使わないでしょう。結果的に50万円の損害です。
 事故が起きてから、大丈夫かと思った、といういいわけはプロには許されません。
 ですから、編集をしない方針で作られたことは間違いない事実でしょう。
 あ、ここ、編集でカットね、という現在の作られ方ではなかったのです。

5.歌や音楽は予め録音(プレスコ=プレ・スコアリング)されていた。

 本番一発で歌えないからではありません。そんな技術の人は出演出来ません。
 そうではなくて、録音専用スタジオで良質のサウンドを作りたかったからなのです。
 シャボン玉ホリデーの録音技師は大変な技量の持主でした。その話題は後日。
 それに、録音した歌と演奏に合わせて、別の日に踊りの振付けと練習を行うのです。
 この下ごしらえを持った上で、本番収録に挑むのですから、三日間必要です。
 ザ・ピーナッツは口パクが天才的に上手いので、唄っているように見えます。
 例外として、コントと絡める場合などは本番で演奏もし、唄うこともあります。
 レコードの録音をそのまま使うこともありましたが、それはニューハードの音では
 味が出ないような(弦楽器が必要なときとか)場合に限定されていたようです。

以上、雑学的基礎知識でした。